11月21日:交通事故 

11月21日(火):交通事故 

 

 セブンの方で深夜勤務を終えたところ。 

 午前4時ころ、店の前の国道で交通事故が発生した。本当に店の前である。トラックが正面から電柱に突っ込んだのだ。 

 僕が通報者になったのだけれど、不思議と記憶に曖昧なところがある。どこかパニックになっていたのかもしれない。できるだけ思い出して、その場面を再構成しておこうと思う。 

 

 事故が発生した時、僕はカウンターにいて、雑誌のテープ止めをしていたところだ。ちょうどその作業を終えるところだった。表で大きな音がしたのだ。ドーンというよりも、ガシャーンといった感じだ。衝突音よりも破壊音に近かったように今では思う。 

 一応、何があったのだろうか確認しておこうといった軽い気持ちで表に出てみる。すると、トラックが信号の電柱に衝突している。 

 いつもの見慣れた光景だ。いつも見る交差点だ。慣れ親しんだ光景に一つでも異質のものが入り込むと、こうも現実感覚に影響するのかと改めて思った。 

 すぐに事故だということは分かっていながら、その重大さがまだ分かっていなかった。「なにやってんねん!」くらいの気持ちで運転席の方まで行く。車内には二人いて、ダッシュボードに突っ伏している。そういう姿を見て、改めて「こりゃたいへんだ」と思った次第である。 

 店内に戻り電話を取る。カウンターをぐるりと回りこまなければならない。その時、なんで電話が遠いんだといった感慨を抱いたのを覚えている。 

 電話を取り、110番にかける。店頭に出る前に、事故だと告げる。 

 店頭に出て、場所を述べる。店の名前を言い、僕が従業員であることを伝え、ともかくその店の真ん前で起きた事故であることを伝える。国道側かと問われたのを覚えている。また、どっち方向の車線かと問われたのもそうだ。ただ、西か東か一瞬混乱した。 

 続いて中の人の様子を訊かれる。再び車を覗き込む。位置的に助手席側に寄る。中の人の意識はあるかと問われた。それに関しては確かだ。助手席の女の人が運転していた男性(夫婦だろうか)に悪態をついていたので意識が回復していることだけは確かだった。 

 女性の方は、「もういやや」とか「あんたなにやってるのよ」とか、とかく喚いていた。僕を見ると「開けて」と繰り返す。ドアを開けてほしいということだ。僕は電話で話ながらドアを開けようとするのだけれど、鍵がかかっている。ジェスチャーで鍵を開けてと僕は女性に伝えた。なんとかそれは伝わったのだけれど、女性はそれができない。「痛い、痛い」と言う。手が動かせなくて、鍵を開けられないのだ。記憶が定かではないけれど、女性頭から血を流していたかもしれない暗くてよく見えなかったというのもあるけど。 

 僕は電話で対応しながら、同時に社内の女性に声をかけていたのだから、通報を受けた側は僕が何言っているのかと思ったかもしれないな。 

 ともかく、助手席側のドアが開かないので、僕は運転席側に回る。ドアを開けようとするが、これも開かない。鍵がかかっているのかもしれないけれど、見ると、衝突のためにドアがひしゃげてしまっている。これじゃどうしようもできない。 

 僕は助手席側に戻って、ともかく待ってくれと頼んだ。ジェスチャーで伝えた。警察が来るから待てということを伝えたつもりだが、伝わっただろうか。 

 それから僕は店内に戻った。作業があり、お客さんも来る。合間を縫っては外の様子も見る。程なくして警官が来た。車内の婦人とやりとりしているようだった。最初から救急車も手配してもらうように頼んでおけばよかったと、その時、気づいたのだ。 

 

 僕がやったのはそれだけだ。警察は呼んだけれど、救急車の手配は警察側でしてくれたのだ。気が利かないとはこういうことだ。最初から救急車もお願いしますと伝えておけばよかったし、ドアが開かなくて車内に閉じ込められている状態であることも最初から伝えておけばよかった。「ドアを開けて」と悲痛な訴えをしているのに、ドア一つ開けることさえできなかったのだ。振り返ると、もっとこうもできたのに、ああすることもできたのにとか、いろいろ不備な点が見つかってしまう。 

 朝、警察の人から通報のことで感謝されたけれど、感謝されるだけのことをした気にもなれない。 

 ただ、面白いことがあった。僕の勤務が終えてから、またトラックを見に行ったのだ。明るくなってから見ると、フロントがかなり損傷しているのがわかる。けっこうなスピードで突っ込んでしまったんだろう。 

 僕がそうして見ていると、早朝に来るお客さんと遭遇した。なぜか僕に親しくしてくれる男性だ。僕はてっきり彼も野次馬で見に来たんかいなと思ったんだけれど、そうではなかった。彼は警察の人だった。それもまあまあお偉いさんのようだった。彼がそういう人とは思わなかった。 

 こちらは世間話の感覚で「僕が通報したんですよ」などと言うと、彼は部下を呼んで、「この人が第一通報者だ」と紹介した。「友達の寺ちゃん」と言ったのには吹き出しそうになった。まあ、友達とまで思ってくれているのは嬉しい限りなんだけれど、どうも照れ臭い。 

 その彼が事故の前に救急車が通ったという情報が入っていると言う。それで思い出した。確かに事故の前に救急車が通った。言われるまで記憶から抜け落ちていた。あの救急車は近所の病院の方に入っていったので、事故とは関係ないんじゃないかと僕は彼に言った。警察関係者でもないのに意見を言うなんて我ながら図々しいとは思うのだが。 

 その後、7時ころにレッカー車が来て、撤去ということになった。どんなふうにするのか、僕は後学のために観察させてもらった。もちろん離れたところから見ていたんだけれど。まず、衝突した電柱からトラックを離す。これを人力でやるんだと思った。5人くらいで、「せ~の~」とか言いながら車を押すのだな。 

 それからきれいに後始末をして、後は何事もなかったかのように、そこは日常的に見慣れている光景に戻った。車内の二人は大丈夫だったのだろうか。案外、そちらの心配をしていなかった自分にも気づく。事故は入荷品の時間と重なる。事故に関して警察の対応なんかもしながら、通常の作業もする。頭が混乱している瞬間もあった。4時以降は僕の方でもバタバタしていたので、事故のことにかかりきりになるわけにもいかず、後は警察と救急任せになっていた。そういうこともあって、いろんなことが意識ないしは記憶から抜け落ちているようだ。もう一度その時の自分の言動を振り返ろうという試みも、十分に目的を達成したとは言い難いな。 

 

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー) 

 

 

 

 

 

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