10月26日:ニーチェを読む&挫折 

10月26日(木):ニーチェを読む&挫折 

 

 無性に哲学系の本が読みたくなった。最近、ニーチェに関する文章を読んだので、ニーチェを読むことにした。僕の書架には『人間的あまりに人間的Ⅰ・Ⅱ』の二冊がある。随分昔に購入して挫折した本だ。今回もそれを引っ張り出し、読んでみる。その日のうちに挫折する。 

 ニーチェは体系に反対した人だった。ヘーゲル哲学のようにさまざまな分野を一つの学問体系にすることに反対した人だった。個々の側面を研究、考察するだけで、それを一つにまとめようとはニーチェは欲しなかった。だからアフォリズム形式になるのだけど、体系的でないということは、どこから読み始めようと、どこで読み終えようと、どういう順番で読もうと読者の勝手だということになる。 

 だから、というか、それをいいことに、開いたページを読むということにした。いくつも拾い読みする。結果、ニーチェは分からんと言って、放り出してしまった。 

 世の中には三日坊主の人もいるけど、その方がまだましである。僕のニーチェ読みは一日で撃沈してしまった。もう、何度目の撃沈だろうか。 

 

 近頃、ニーチェの人気が高まっているそうだ。『ニーチェの言葉』という本がその契機となったのだそうけど、「ニーチェの言葉」という文章こそ矛盾に満ちたものはないように僕には思える。 

 ニーチェが語ったことよりも、ニーチェが語らなかったことの方に本当の意味があると僕は信じているからである。ニーチェが何を語ったかよりも、そこで語られなかったことが僕たちに突き付けられているように僕は感じるからだ。 

 だから、ニーチェの言葉を引用して、金言のように奉るような人は、本当はニーチェを読んでいないのだ(読んでない僕もエラそうに言えないんだけど)。 

 

 短いもので一例を挙げよう。上掲書『Ⅱ』の方から第6番はこういう文章になっている。 

 

「夢想家たちに反対して 夢想家は自分に対して真理を否認するが、虚言家は他人に対してだけ真理を否認する」 

 

 これだけの一文である。ニーチェは二者(二項)ないしは三者(三項)を並列するという書き方をすることが多いように思う。ここでは夢想家と虚言家という二者が並べられている。なるほど、夢想家とはそういう人で虚言家とはそういう人のことか、ふ~ん、よう分かった、と、それで読み流してもよい。 

 しかし、ここには不在の第三者がある。ニーチェの書き方の特徴であるかもしれない。本当はここに第三の存在を挙げるべきではないかという個所が空白になっているのである。 

 上の文章で言えば、自分にも他人に対しても真理を否認しない人のことが語られていないのだ。そして、そういう人間が理想であるという雰囲気が感じられるのであるが、そこは一切合切読み手に任されているのだ。 

 

 ついでにもういくつか挙げてみよう。長文は書くのがしんどいので短めのものを選ぶ。 

 

上掲書『Ⅰ』より、486番 

「必要なる一事 人の持たなくてはならぬものが一つある。生まれつき軽やかな心か、芸術や知識によって軽やかにされた心かである」 

 ここには軽やかな心と軽やかにされた心が並列されている。それを持たなくてはならないということは、それを持たない人に向けて書かれているということである。そうなると、ここが空白の個所というわけだが、そのどちらをも持たない人間とはどういう人間であるのか。それは読者であるのだけど、それがどんな人間であるかは語られていないのだ。 

 

 さらに不在の多いものとして、『Ⅰ』より、74番 

「日常の尺度 極端な行為を虚栄に、平凡な行為を習慣に、そしてこせこせした行為を恐怖に帰すれば、めったに間違わないだろう」 

 ここには三者(三項)が並列して、四者目(四項目)が空白である。極端な行為を虚栄にする人とはどういう人なのか、平凡な行為を習慣にしているのはどういう人なのか、こせこせした行為を恐怖に帰するとはどういう人なのか、ニーチェの中ではそれぞれ思い描いている誰かがいるのかもしれないけど、読み手にはそれぞれがどういう人であるかが曖昧である。 

 そして、そういう人はめったに間違わないのであるが、当然、そういうことができなくて間違う人間のことが想定されているのだ。この第4者目のことは一切触れられていない。 

 

 まだ例示することもできるけど、これくらいにしておこう。 

要は、ニーチェの記述は穴だらけなのだ。読み手の方で穴を埋めていかないといけない。その穴の部分が大事なのに、塞いである部分だけを金言にしているのは、本当に愚かしいことである。ニーチェを読むたびに僕はそのような感じを受けるのだ。 

 

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー) 

 

 

 

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