10月20日:安い買い物 

10月20日(火):安い買い物 

 

 先日、日曜日に外出先で足をひねってしま、昨日はいささかびっこを引いて歩かなければならなかった。今日、火曜日は、日頃の運動不足解消のため、できるだけ歩こうと計画していたけれど、足がそんな状態なので、予定を変更して家にいることにした。 

 夕方頃、大分痛みがなくなってきたので、軽く歩こうと思い立ち、外出する。 

 電車に乗る。とある駅で降りる。駅前に古書店がある。そこを覗いてから、その辺りを散策しようかと考えていた。ところがである。古書店に入ったのが運の尽き、木々高太郎の『人生の阿呆』が店頭で叩き売りされているではないか。即買いしてしまう。 

 この作品、かつて創元推理文庫から出されていて、普通に本屋さんに並んでいたのであるが、当時は日本の推理小説にあまり興味を持っていなかったのだ。それで特に購買欲を駆り立てられることもなく、そのままになっていた。後年、日本の推理小説、それも戦前の推理小説に僕がのめり込むようになった頃には、絶版になっていた。僕の中でいつか読みたい作品の一つとして心を占めていた。 

 その作品とこんなところで巡り合うなんて。古書店に並んでいたのは、先述の文庫本ではなくて、推理小説体系の一冊で、小栗虫太郎『黒死館殺人事件』と久生十蘭の作品とが併録されている。これらは読んだことがあり、重複するのだけど、まあ、100円で買えるのだから、よしとしよう。 

 こうして僕は前々から読みたいと思っていた『人生の阿呆』を入手したわけであるが、こうなると早く読みたいという気持ちに襲われて、とてもウォーキングどころではなくなってきた。近所の喫茶店に入って、早速読み始める。 

 面白い、実にいい。これは後日改めて評しよう。喫茶店で半分ほど読み、帰りの電車の中で読み、帰宅後に残りを読んで、その日のうちに読み切ってしまった。その後でこれを書いているけれど、まだ作品の雰囲気に包まれているよう。コーフンと感動が鎮まらない。すごく良かった。 

 この長編小説は、推理小説なのに直木賞を受賞しているのだ。確かに素晴らしい。犯人当ての推理小説で、読者への挑戦までついているくらいであるが、それだけで終わらない内容の濃さがある。 

 優れた文学作品を読んだ後のあの充実感がある。同時に、優れた推理小説を読んだ後のあの爽快感もある。一作で両方が楽しめる、なんとも得した気分だ。いや、実際、安い買い物をしたと思う。 

 

 実は、昨夜はほとんど寝ていない。今日、歩きに出るのを断念していたから、昨夜は遅くまで書き物をして過ごして、いつしか朝を迎えていたのだ。今、本当はすごく眠たい。それでも読み切ったのは、その作品の魅力によるものだ。それくらい惹きつけられて、夢中で読んでしまった。 

 

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー) 

 

 

 

 

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