1月2日:家出娘 

1月2日(火):家出娘 

 

 ああ、いやだいやだ。 

 深夜勤務をこなしてきた。元日ほどの忙しさはなかったものの、普段よりも客は多いようだ。時間帯にもよるけれど。それに、家族連れなんかも多く。客単価が高額となる場合がけっこうあった。 

 若い連中はダラダラと深夜の時間を過ごす。若いから許されるところだけど、その無為な時間をいつか後悔する日が来るかもしれない。いや、そういう日が来る方が望ましいと僕は思う。そうすると彼らも念死を生きるようになるかもしれない。 

 

 さて、一人の若い女性客だ。昨日も来られていた。昨日は、終電に乗り過ごして、タクシーもつかまらず、それで朝まで時間を潰すつもりなんだろうくらいに思っていた。けっこう、そういう人も見られたのである。タクシーがつかまらず、ずっと店内で時間を潰すという人もおられたのである。彼女もそういう人なんだろうと思った。 

 その女性が今日も来た。この女性は、別に悪さをするとかいうわけではないんだけれど、頻繁に店に出入りするのだ。入店してはトイレに入り、店を出てはしばらくすると入店して、またトイレに入る。トイレを使うのは別に構わないんだけれど、どうも深夜徘徊している感じだ。それにいささか挙動不審な点もあり、どこか危なっかしいのだな 

 警察に通報しようかどうしようかで僕は迷った。通報する前に僕から声をかけた方がいいのかとも思ったが、どういうわけかあまり関わりたくない気持ちの方が強かった。それで迷った挙句、警察に通報することにした。 

 と言っても、そんなトントン拍子に進んだわけではない。まず、最寄りの警察署の電話番号をネットで調べる。その間にも客が来て中断する。いざ電話をかけようとすると、また中断しなければならなかった。面白い(と言っていいのか)のは、警察に通報しようとしたまさにその瞬間にその女性が入店してきたりもする。また中断だ。こういう時、ワンオペは不便だ。 

 ようやく頃合いを見計らって警察に通報できた。しかし、電話をかけてみてから、これってなんて言えばいいんだろうと思った。何か犯罪的なことが起きているわけでもない。この女性が未成年であればまだしも、20歳代と思われるので、成人している女性が深夜に独り歩きしているからといって警察沙汰にする方もおかしいような気がしてきた。 

 でも、電話をかけてしまったものは後に引けない。一応、こういう女性がいて、深夜徘徊しているようなので、何か起きると問題になるからと通報の理由付けをする。警察の方では巡回に行くとのことだった。 

 その後、警察官が二人来る。これが本当にタイミングが合わないのだ。つい今しがたまでその女性がいたのに、彼女が出て行ってから警察が来たりする。二度ほどタイミングを逃す。 

 店頭、駐車場の掃除をしていると、その女性が歩いてくるのが見える。僕はそのタイミングで警察に電話する。「今、来ました」と言うだけだが、どうも見られたくないなと思い、こそこそ陰に隠れて電話する。 

 ようやく警察が女性を捕まえる。年配の警察官が言っていたけれど、彼女は精神的に病んでるとのこと。それくらい僕も見てわかるのだけれど、「そうなんですか」と驚いた風を装う。まあ、これで後は警察に任せよう。 

 その後、警察からは彼女の母親が引き取りにこられるとのことであった。 

 これにて一件落着。と思いきや、店頭で中年の婦人が座ってる。僕は折りコンを外に出したときに見かけた。ふと、思うところがあって、「どうかしましたか」と尋ねる。すると、その女性が説明するんだけれど、なんてことだ、先ほどの娘さんのお母さんだった。 

 なんで店で待ち合わせするんかいな。近くに警察署があるんだから、そこに来てもらったらいいのに。僕は警察に再度連絡して、今女性の母親が店に来てると伝えた。その後、駐車場の方で、母親と娘、それに警察官たちが何やら話していた。そういうことは警察でやってくれっての、なんで店でやるんかいな。 

 話がついたようだ。警官が再び入ってきて言うには、彼女は行方不明中の娘さんだったとのこと。薬の影響かなんかでトイレが近いということらしい。母親に連れられて家に戻ったということだった。それならそれでいい。 

 行方不明と警官は言ったのだけれど、きっと家出ではないかと僕は思っている。娘さんは自分から家を出たんだろうと思う。それを連れ戻したことは彼女に対して悪い気もするのだけれど、結果的にこうなるのが現時点では良いことだと僕は思う。 

 今後、彼女が家を出るのであれば、まず精神的な病を克服して、独り立ちする準備をしっかり整えてから家を出た方がいい。それまでは、彼女は不服であるかもしれないけれど、親元で暮らした方がいい。毎晩深夜徘徊する生活なんて長くは続けられないものだと思う。母親あるいは家族の間で何があるのか僕は知らないけれど、家を出るのにも時期を待った方が良かろうと思う。 

 

 さて、そんなことがあって、勤務後は帰宅する。警察は何かあったら連絡したいとのことで、僕は自宅の電話番号を教えておいたのだ。だから、帰宅して待機していようと思った。なんとなく気がかりだ。それに、母親にも話しておかないと、いきなり警察から電話がかかってきたらビックリするだろう。 

 僕の話を聴いて、母親はいいことをしたなと評価してくれるのだけれど、僕の中では今一つスッキリしない何かがくすぶっていた。いっそのこと、その娘さんのことなんか無視していれば良かったかもしれない。そう思う一方で、無視したら毎晩のようにやってくるのだろうなと思い、やはりケリをつけておいて良かったとの思いもある。なんか複雑な気分であった。 

 

 後は家でゆっくり過ごす。と言っても、本ばかり読んで過ごした。 

 夜になって飛行機事故のニュースが飛び込んでくる。テレビで見たのだ。最初は昨日の地震に関する映像かと思った。でも、今日、新たに事故が起きたとのこと。正月早々、不幸な災害と事故が立て続けに起きたわけで、僕は直接被害を受けているわけではないにしても、なんとなく重苦しい気分になる。この事故で亡くなった人もおられる。その人たちもそこで生を終えるとは思ってもいなかっただろう。やはり、死は突然にやってくるものであり、死を念じて、覚悟はしておくに越したことはないと、改めてそう思った。 

 

(寺戸順司-高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー) 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

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