1月2日(火):唯我独断的読書評~『魔性の女たち』(ジュール・バルベー・ドールヴィイ)
著者は19世紀のフランスの作家。本書は6篇の作品が収録されているが、著者は12篇の構想を持っていたことが前書きで記されている。この6篇が好評であれば、残りの6篇も公表するという意図であったそうだ。著者はなかなか慎重な人であったのかもしれない。
「深紅のカーテン」
狩りのため旅行中だった私(語り手)。道中、馬車に乗り込んだのはド・ブラッサール子爵だった。ダンディで、軍人としても名を馳せた子爵である。馬車が中継の町に着く。ある家の窓に深紅のカーテンがかかっている。子爵は「こいつは変だ」とつぶやき、顔を蒼くする。あのカーテンの向こうに何があるのか、子爵は語り始める。
30数年前、子爵17歳、軍人になりたての頃で、この町は当時の駐屯地だった。子爵はある家に間借りしていたが、その家の娘であるアルベルトに惹かれていく。しかし、その恋は順調にはいかない。アルベルトに誘惑されたかと思えば、距離を置かれる。最後には、狂おしいほどの熱情に駆られた子爵は、愛の行為のさなか、アルベルトを死に至らしめてしまう。
なかなか面白い作品だった。子爵の回想譚だが、時折なされる私(語り手)の割り込みが目障りだったが。
「ドン・ジュアンの最も美しい恋」
ド・シフルヴァ伯爵夫人が催す12人の貴婦人たちの会食に、ドン・ジュアンことエクトール伯爵が招待される。そこで、幾多の女性遍歴を有するエクトール伯爵は、もっとも美しい恋の思い出を語ることになる。
微笑ましくもあり、寂しい感じも覚える結末が印象的だった。考えてみれば、子供の愛ほど情熱的で一途なものはないかもしれない。
「罪の中の幸福」
トルティ医師と散歩をしていると、不思議な女性を見かける。トルティ博士いわく、あの女性こそ、「急先鋒」の娘で剣豪でもあるオートクレールだった。彼女は町の人気者となったが、ある時、突然、人前から姿を消してしまった。誰も彼女の行方を知らなかったが、トルティ博士は偶然にも彼女を見つけ、その陰謀の一部始終に立ち会うことになる。
ミステリ風の一作だ。罪を犯しながらも無邪気に幸福を貪るオートクレールの姿が僕には怖かった。
冒頭、オートクレールと豹との対峙場面が印象に残る。豹以上の獣性を彼女は秘めているのだ。
「ホイスト・ゲームのカードの裏側」
1820年代のある年、落ち着いた時代だった。町ではホイストゲームの賭博に人々は明け暮れている。サン=タルバン公爵の祝宴に人々はかけつけ、カードに夢中になる。そんな時、カルコエルという男が紹介されるが、彼は無敗の記録を立てる。
なかなか面白かった。人々がカードに興じている間に、その裏面で何かが起きていたのだ。それが結末で明らかになるということである。もっとも、僕は結末よりも、人々がカードゲームにハマって堕落していく様を見る方がためになった。
「無神論者たちの饗宴にて」
教会に入って司祭に何かを渡した男。それがメニルだった。メニルは信仰なんてちっとも持っていないくせに、一体、何しに行ったんだ、と知人のランソネが詰め寄る。数日後、無心論者ばかりが集まる会食の場で、メニルの秘密が語られる。
その秘密とは、彼が軍隊にいた頃の話で、副官イェードヴが連れてきた女、ロザルバにまつわる話であった。ロザルバは一応、副官の妻ということになっていたが、隊の男たち全員と関係を持つような女だった。やがて、ロザルバが妊娠した。誰の子かわからないが、副官は自分の子供だと信じている。だが、子供は死産し、副官は悲しみに暮れる。
そんな副官のことなどお構いなしに、ロザルバは逢引の手配をしている。そこに副官が現れ、ロザルバの行為に逆上して、ついに二人の間で争いが勃発する。
赤子の心臓を踏みにじり、投げ合うさまは狂気の沙汰である。当時はすごいショッキングな描写だったのではないだろうか。ここには果てしなく人命蔑視が感じられる。なかなか衝撃的な作品だった。
本書収録作品中、もっとも長い。100ページを少し超える分量だ。最初にメニルが教会に入ったエピソードから、彼が教会に行くことになった話をするまでに50ページほど費やされている。細部から背景まできちんと書き込まれた作品という感じがするけど、本題を見失ってしまいそうな長さだ。
「或る女の復讐」
ロベール・ド・トレッシニィは町で一人の女を見かけ、後をつける。見覚えのある顔だった。女と言葉を交わす。見覚えがあるのではなかった、彼はその女を知っていたのだった。数年前に会った女、シェラ=レオネ公爵夫人だった。その公爵夫人がどうして今は娼婦まがいのことをしなければならないのだろう。公爵夫人はただ復讐のためだと言う。夫を無残にも殺されたことの復讐であり、片時もこの復讐を忘れたことは無いと言う。
女には女の復讐があるものだが、ある意味、女の執念を感じさせる。残酷な描写も一部あり。そういう場面に目が奪われてしまいそうになるし、そういう場面が真っ先に記憶に残ってしまう。
以上6篇、大雑把にそのストーリーのさわりだけ綴ったけど、もっと内容の濃い作品集である。やたらと装飾感のある文章は、時代を感じさせる。若干、読みにくいと思ってしまう箇所も多々あり。
基本的には、人間の堕落や背信、悪徳なんかがテーマになっている。それは序文で著者が示している通り、この本の登場人物を真似ることがないようにという説法でもある。
6作品はそれぞれ甲乙つけがたい。どの作品にも印象に残る場面があるからだ。物語の面白さでは「罪の中の幸福」を挙げたいが、インパクトで選べば「無神論者たちの饗宴にて」が一番だったな。
全体としては、僕の唯我独断的読書評は4つ星というところ。
テキスト
『魔性の女たち』 J・バルベー・ドールヴィイ著 秋山和夫 訳
国書刊行会 世界幻想文学大系8巻
(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)