6月25日(金):ミステリバカにクスリなし~『上を見るな』(島田一男)
島田一男、恥ずかしながら、僕はその名前は知っているものの作品に触れたことはなかった。どうも僕の食指が動かなかったのだ。僕の中では読まず嫌いの作家さんだった。今回、たまたま作品を入手したので読んでみることにしたのだけれど、本当に著者には申し訳ないことをした。すっかり夢中になってしまった。
本作は、九州に代々地主として君臨してきた虻田家の相続問題に端を発する。現在16代目当主の一角斎が高齢もあり17代目当主選びで手こずっているということで、刑事弁護士の南郷が調整を依頼される。刑事弁護士なので本職ではないのだけれど、旧友の頼みもあって引き受けることにしたのだ。
さて、この虻田家の複雑な事情を整理しよう。本作を読む際にこれがとても重要であるからだ。もっとも、少々曖昧なところがあっても差し支えないように著者は書いてくれているのだけれど。
まず、16代目当主の一角斎。彼は甥にあたる弓彦を17代目にしたい考えを持っている。弓彦は、15代目当主(一角斎の兄)の息子である。
一角斎は二人妻を娶ったが、最初の妻との間に旗江と剣子を授かる。二人目の妻との間には三輪子が生まれる。また、二人目の妻の連れ子だった寒三郎がいる。
旗江を巡る人間関係が幾分錯綜している。
旗江は久一郎と結婚していたが、久一郎は弓彦、寒三郎とともに出征し、戦死したとされていた。つまり、虻田家の男連中がいなくなったわけである。そこで、久一郎の弟である栄次郎が、虻田家の跡取りという条件で旗江と結婚した。
ところが、久一郎、弓彦、寒三郎が揃ってシベリアから生還したのだ。
妹の剣子の方は、章次という日系アメリカ人二世と結婚している。
一角斎は弓彦を推したいが弓彦は乗り気ではない。栄次郎は跡継ぎを主張しているが、兄が生きていたので、兄に権利を譲るべきだろうか。旗江も夫が生きていたことによって、自分の夫は久一郎なのか栄次郎なのか分からないと嘆く。寒三郎は密かに旗江に恋心を抱いていたが、旗江の夫が久一郎なら許せるとしても、栄次郎が彼女の夫であることが面白くない。旗江と栄次郎との間に生まれた衣子はどうなるのだろうか。章次もまた17代目を狙っているようでもある。
南郷はふと呟く。この問題、栄次郎がいなくなればすべて片が付く、と。そして、この言葉が現実のものになってしまう。
物語は南郷弁護士を軸に展開する。緻密な構成と主人公の活発な動きとで読み手を引っ張っていく。
栄次郎に続いて連発する殺人事件。南郷は一つ一つ犯人の行動を再構成していく。加えて、容疑者となった寒三郎のアリバイを立証していく。それと同時に犯人のアリバイを崩していく。このアリバイ立証とアリバイ崩しが本作のメインとなっている感じがある。
それに加えて、海軍のための演習場としての土地売買問題並びにそれに反対する住民との調整、地元警察との駆け引きなどが絡んでくる。本作でキュートな魅力を振りまく三輪子がまとわりつくことまで南郷に降りかかる。なんとも目まぐるしい内容である。九州から東京に電話をかけるのがそんなにたいへんだったことまで僕は思い知るのであるが、そんな不便さも南郷に立ちはだかることになる。とにかく、南郷のエネルギッシュな活動に目が離せなくなってしまう。つい、一気読みしてしまった。
さて、ともかく面白い作品であることは間違いない。僕の唯我独断的読書評価は4つ星半だ。細部に至る描写が時に煩雑である。そこをあんまり細かく書かなくてもいいのにと思うところもある。例えば、旅館に泊まった南郷が朝飯に何を食ったかとか、そこを事細かに書かれても、事件や謎解きには関係ないのになどと思ってしまった。その辺りの事情を考慮して星半分を差し引いた。
<テキスト>
『上を見るな』(島田一男)~『現代推理小説体系7』(講談社)所収
(寺戸順司-高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)