1月2日:ミステリバカにクスリなし~『ドイル傑作集3』 

1月2日(木):ミステリバカにクスリなし~『ドイル傑作集3』 

 

 シャーロック・ホームズの生みの親コナン・ドイルのノン・シリーズの短編を収録した作品集の第3弾。本書は「恐怖編」と題され、そのテーマに沿った作品が6作収録されている。まずは収録作品を読んでいこう。 

 

 

1「大空の恐怖」(The Horror of the Heights) 

 勇敢なパイロット、ジョイス・アームストロングがはるか上空で遭遇した怪物の一群との死闘を、彼の手記の断片という形で描く。 

 この手記の断片というのが上手い。彼はクラゲ状の巨大軟体生物の群れに襲われるのだが、その肝心の部分の手記が欠落しているなんて、実にうまい演出だ。読者はそこを想像で埋め合わせるしかないんだけれど、ある意味では、読者に怖い想像を仕向ける仕掛けとなっている。 

 ところで、航空時代初期の人たちにとって、上空はまだまだ未知の世界であり、恐ろしい場所であっただろうと思う。人類が達していないもっと高度の上空には未知の生物が生息しているなんて想像をしてしまうのも当然であるかもしれない。人間にとって、未開拓の領域、秘境には恐怖が満ち溢れていた(というより、そこに恐怖が投影されていた)だろう。未開拓の領域がなくなるほど、恐怖の対象も減少するとは言え、想像を働かせる場が失われるのは、なんとも寂しい気もする。 

 

 

2「革の漏斗」(The Leather Funnel) 

 骨董収集の大家である友人ライオネル・デーカを訪問した「私」。彼のコレクションを鑑賞し、彼の説明を聞いている。デーカは一つの革製の漏斗を見せる。そして、これが何に使われたか、実験をすることになった。彼の言う通り、「私」は革の漏斗を枕元において眠ることにしたのだが、夢でその漏斗が使われる光景を目の当たりにしてしまう。 

 オチを言うと、それは中世の拷問に使用された漏斗である。このオチよりも、その漏斗の用途や持ち主を推論していくくだりが推理小説っぽくて面白い。 

 また、神秘思想に触れる箇所もある。「(この方法は)まだ正式の科学とは認められておりませんけれどね。私の学説によれば、よきにつけ悪しきにつけ人間の極端な感情と関係のあった品物は、いわばその品物独特な妖気を発散させているものでして、それが敏感な人の心に伝わって夢に現れるというものです」などである。また、品物が発する妖気云々は別として、これはフロイト以前の夢研究の方法論でもあった。 

 物語はその漏斗の使用場面で終わらない。拷問を受けていたのがブランヴィリエ侯爵夫人であったことまで解明される。ここに本作の歴史小説的な一面が現れる。ドイルは自身を歴史小説家と評していたが、そんなドイルの真骨頂であるかもしれない。 

 長々と書いたけれど、僕はこの作品が好きだからである。本作は、恐怖要素だけでなく、推理小説や歴史小説の要素も濃厚で、充実した内容を有していると思う。 

 

 

3「新しい地下墓地」(The New Catacomb) 

 「打ち明けてくれてもいいじゃないか」とケネディは友人のビュルガに頼む。二人はともに考古学者である。ビュルガは最近新しい地下墓地を発見したようであり、多数の発掘品を得たのである。ケネディはそれがどこにあるのか教えてほしいと頼む。口を割ろうとしなかったビュルガだが、一つの条件を出す。ケネディがその条件に応じてくれれば教えるというわけである。その条件とは、ケネディのメリイ・ソンダスン嬢との情事の顛末である。ケネディは考古学的興味からその条件をのんでしまうが。 

 先の「革の漏斗」から立て続けに読むと、また歴史小説的な作品かと思ってしまうのだが、これが復讐譚なのである。作品の前半と後半とでは印象がかなり変わるように感じた。こうした意外な展開はホームズものに通じるところがあるかもしれない。 

 

 

4「サノクス令夫人」(The Case of Lady Sannox) 

 サノクス卿の妻であるサノクス令夫人は、その美貌から何人もの男と通じていた。敏腕外科医ダグラス・ストーンもその一人だった。この夜もストーンは彼女との逢引きを控えていた。診察を終えたとき、一人のアジア人が来訪した。彼の妻がアルモヘーズの短剣の毒で死に瀕していると訴えるのだ。ストーンは、珍しい症例と高額の報酬に目がくらんで、その治療を引き受けることにしたのだが。 

 浮気性の妻とその浮気相手の双方に懲罰を企てる物語である。ミステリ要素が強い。しかしながら、誰が勝者なのか今一つ明確にならないまま終わる感じがしないでもなく、そこは不穏な雰囲気が漂っているように僕は感じた。 

 また、アルモヘーズの短剣なんて小道具が出てくるところは、ドイルの歴史趣味が垣間見える。 

 

 

5「青の洞窟の怪」(The Terror of Blue John Gap) 

 療養のためカヴェントリ高原を訪れていたジェームズ・ハードキャスル博士。ここにはムラサキホタル石の洞窟がある。昔、古ローマ人たちが掘ったとされ、ムラサキホタル石が採掘されるからその名がついた。地元民のアーミテージは、この洞窟には恐ろしい怪物が住んでいると言う。ハードキャスルは、最初は信じなかったのだが、好奇心から洞窟の探検を試みる。そこで彼は得体のしれない巨大な生物と遭遇してしまう。命からがら難を逃れた彼の話を人々は信じようとはせず、彼は単独で再び怪物と対決しに向かう。 

 主人公が怪物と遭遇するというモチーフは「大空の恐怖」と同じであるが、あちらは上空、こちらは洞窟並びに地下世界である。いずれも人間が恐怖を体験する場所(あるいは恐怖を投影する場所)と言える。どちらにも勇敢で冒険心に富んだ主人公が登場する。ただ、「大空の恐怖」と異なり、本作では主人公が助かり、怪物の正体が推論されていく。この部分において、「大空の恐怖」よりも、本作の方がSFっぽい印象を残す。 

 また、洞窟探検のモチーフは「新しい地下墓地」にも通じる。洞窟は恐ろしい何かが潜んでいる場なのである。 

 

 

6「ブラジル猫」(The Brazillian Cat) 

 貴族の跡取りでありながら、貧困生活を送るマーシャル。いまや破産寸前である。彼は、最近南米から帰国したイトコのエヴァーランド・キング氏を頼ることにした。一度も会ったことのないこのイトコはマーシャルを温かく迎え入れるのだが、彼の妻はマーシャルを追い出そうとする。邸内にはブラジルの珍しい動植物であふれている。中でもキング氏の自慢はブラジル猫であった。巨大な黒猫で、世界で一匹しかいないという猫である。獰猛な性格で人間も襲うという猫である。ある夜、キング氏の奸計に陥り、マーシャルはブラジル猫の檻に閉じ込められてしまう。ブラジル猫との攻防戦が幕を切って落とされ、マーシャルにとって恐怖の一夜が始まる。 

 本作は恐怖編に収録されているものの、ミステリ編の方がふさわしいかもしれない。確かに主人公が体験するのは恐怖であるが、一方で、れっきとした完全犯罪が目論まれているからである。謎解き要素もしっかりある。いずれにしても、面白い作品だ。 

 ちなみに、本作を読むと、僕はホームズ譚の「ぶな屋敷」を連想してしまうのだけれど、それは僕だけだろうか。 

 

 

 本書は僕が中学生の時に購入したものだ。もう40年にもなる。その間、何度か読み直した。平均すると(この平均値に意味があるとも思えないんだけれど)、10年に一度くらいは読み直してることになるか。もう次の読み直しはないと覚悟して、この本ともお別れするつもりで今回は読んだ。 

 読むと、やはり面白いと思ってしまう。まず、設定が複雑でなく、淀みなくストーリーが流れていき、今回もそうだったのだけれど、一冊6作品全部を一気読みしてしまう。語りも上手いのだろう。 

 確かに、100年も前の作品であるだけに、単純でストレートな構成が目立つかもしれない。でも、あまり捻ったり捩じったりしない筋が逆に新鮮に感じられる。 

 40年、僕の人生に付き合った一冊だ。さすがにもうボロボロのヨレヨレとなっている。いつか、もう一度読みたくなったら、その時は新しく買いなおそう。今回の読み直しはそういう供養の意味合いもあったなと、今さらながら気づく。 

 

<テキスト> 

『ドイル傑作集Ⅲ』(コナン・ドイル著) 

 延原謙 訳 

 新潮文庫 

 

(寺戸順司-高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー) 

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