<テーマ180>I氏の事例(5)
(180―1)離婚裁判の開始
(180―2)I氏の自己主張
(180―3)妻の理不尽な主張
(180―4)離婚の成立
(180―5)三角関係化と境界不鮮明
(180―1)離婚裁判の開始
I氏の事例における第2期に差し掛かっています。この時期は妻との離婚が成立するまでということになるのですが、カウンセリング的には動きの少ない時期でもありましたので簡潔に済ませることにします。
I氏は妻との離婚を決意し、離婚専門のような弁護士を雇いました。妻が簡単に離婚に応じるとは思えず、必ず揉めるだろうということを彼は見越していたのでした。
案の定、妻の方は離婚には応じようとはせず、妻側も弁護士を立てて、いよいよ争いが本格化してきそうな雲行きとなっていきました。
私は疑問に思ったのでI氏に尋ねます。妻は専業主婦で収入源がI氏だけのはずなのに、どこから弁護士費用を捻出したのだろうかと。
I氏は、別居していた頃から毎月生活費として一定額を妻に振り込んでいたので、そのお金でやりくりしているのだろうと推測していました。そうすると、妻の弁護士費用もI氏が支払っているようなものです。
I氏はそれでも構わないと言います。離婚が成立するまで、生活費を振り込むという義務は果たすつもりだと宣言します。自分は妻に対して義務を遂行したと言えるためにもそうしていると言うのです。なんだか理不尽な話という気がしないでもありません。
しかし、そうなると、妻側にとっては裁判を長引かせる方が有利だということにはならないでしょうか、と私はさらに尋ねます。I氏は、きっとそうするだろうけれど、それでも最後までやり遂げる、年内にはこの件を終わらせると意気込んでいました。
そうしてI氏と妻の最初の裁判が行われました。I氏は調停や審判をとばして、いきなり裁判に持ち込んだのです。
妻側はDVを盾にして応戦します。I氏はDV「加害者」であり、「加害者」側からの離婚申し立ては受理できないと主張します。
I氏側はDVの証拠を妻側に提示するよう求めます。しかし、妻の方にはその証拠が何もありませんでした。実際、暴力や暴言があったわけではないのだから当然です。それでも価値観の押し付けや家庭の空気を乱したことなどを盾にして、高額な慰謝料を請求する始末です。
結局、DVがあったという確たる証拠がなく、また不釣り合いに高額な慰謝料の請求も認められず、話は平行線を辿ったようです。
この時、I氏は久しぶりに妻を見たと言います。妻はやつれ、別人のようだったと述べています。見ただけで精神的におかしくなっているとI氏には感じられたそうです。
I氏はますます闘志を燃やしていました。そして自分の方こそ妻たちから「被害」を受けているということを盾にして応戦しようとしていました。私もそれに協力を惜しまない気でいました。
I氏が一番最初に私に送った長文のFAXと、彼がカウンセリングを受けているという証明としての領収書コピーを頼まれて、私は用意しました。必要ならカウンセリングの音声が残っているからそれを証拠に出してもいいと私は伝えました。
(180―2)I氏の自己主張
ここで少し説明を挿入したいと思います。
I氏の妻に対する行動が非常にアグレッシブになっているということに気づきます。実際、I氏自身も述べておられたのですが、「ここまで攻撃的にやったことって一度もなかった」そうであります。
I氏のここでの攻撃的な傾向は、それまでの従順な態度とは正反対のものであります。なぜI氏がそのように正反対の傾向を示すようになったのかを考えてみましょう。
これを理解するためには、それ以前の従順さがどういうものであったかを理解する必要があるように思います。
I氏は妻にも義母にも従順でした。子供時代においては親に対してもそうでした。それが彼の性格だと言えばそれも正しいかもしれません。しかしながら、この従順さはある種の攻撃や圧力に対する耐性の欠如からもたらされていたように思われるのです。彼は身近な人、重要な人からそうした感情や力を加えられることに対して、少しも耐えることができなかったのだと思います。それに耐えるよりは服従してしまう方が、彼の体験から見ると、安全なことだったのだと思います。
彼がいまや服従しなくなっているということは、それだけ攻撃や圧力に対して耐えることができているということを示しているとも考えられるのです。それに耐えることができているということは、私を含め、その他の多くの人たちの支持を彼が内面化していることの証拠であるように思われるのです。
彼は服従するよりも自己主張するようになっているわけなのです。そこに妻と義母に対する若干の恨みの感情が混ざりこんでいるために、その自己主張も攻撃的な様相を帯びてしまっているのだと私は理解しています。
(180―3)妻の理不尽な主張
さて、この時期、カウンセリングの方はそれほど進展していきませんでした。彼の関心はもっぱら裁判に向いており、この裁判を速やかに進めるために、またI氏を弁護できるために、一緒に考えていくことが多かったのです。
裁判に関することは、私は専門外だし、それに記述するのも面倒なのですが、案の定、I氏の離婚はなかなか成立しませんでした。
妻は自分の方がDVの「被害者」だという主張を引っ込めませんでしたが、裁判では妻の言うDVに該当する証拠が見られないということでいつも却下されたようです。また、慰謝料、生活費や子供の養育費も常識的に考えてあり得ないほどの高額を妻は請求してきますが、それも受理されません。さらに、夫の持ち家にそのまま住み続けることを主張しているのですが、その権利が自分にはないということも妻には理解できないようでした。
I氏いわく、妻の主張することが支離滅裂で、それは弁護士も認めているとのことでした。
法的には夫婦同居が義務付けられているのに、夫がその義務を放棄したと訴えますが、I氏からすれば「出ていけって言ったのはそっちじゃないか」ということになります。
I氏の考えでは、彼の持家は売却し、そのお金でローンを完済し、一部を妻に渡そうということでした。それなりに寛大な処置のように思えるのですが、妻は納得しません。夫名義の家にそのまま住み続け、ローンは夫が払うのが常識だと考えているようです。
また、養育費に関しても、子供一人にそれだけの額の養育費が必要なのかというくらいの金額を求めてきているのです。これも当然受け入れられませんでした。
そういう妻の姿を見て、I氏は絶望的な気分になったそうです。彼は私に打ち明けてくれました。「結局、10年以上、俺は妻の金づるでしかなかったんだな」と。彼のこの失望感は、第3期の中心を形成することになるので、少し記憶にとどめておいてもらいたく思います。
(180―4)離婚の成立
I氏によると、後々、裁判ではもはやDVのDの字も出てこなくなっていました。もはやDVとは無縁の闘争が展開されているのです。でも、私の見解では、この裁判自体が「DV関係」の線上にあるのです。ただ、もはやどちらが「加害者」であるかは関係なく、ただ相手を打ち負かせるためだけに行われているようなものです。
妻よりもI氏の方が形勢が有利でした。親権は妻に与えられ、子供一人に対して分相応の養育費の額が決定しました。それでも家と慰謝料に関しては妻側は一歩も譲ろうとはしませんでした。
私は法律の専門ではないので、詳しいことはよく分からず終いでしたが、どうにかI氏の離婚が成立しました。彼の弁護士がうまく立ち働いてくれたとI氏が述べていたのを覚えています。
妻は自分はDVの「被害者」であると最後まで主張したけれど、明確にそれを証明することもできず、また、別居中におけるI氏が受けた仕打ちを考慮すると、妻の「被害者」という立場もあやふやになってくるようでした。結局のところ、喧嘩両成敗ということになるのでしょうか、妻も望んでいたほどの慰謝料は得られずに終わったようでした。
子供の親権は妻が獲得しました。I氏自身は子供にそれほど執着するつもりはなかったようでした。I氏としては、とにかく早く妻と妻の家族たちから縁を切りたいという気持ちだったのでしょう。
裁判が続いている間は、裁判のことで心を占められていたのか、カウンセリングでも裁判やそれに関する話題が毎回のように語られました。離婚が成立してからもしばらくは生活の立て直しのためにI氏は忙しく動いていました。
一段落ついた頃、ようやく、彼は「今までの夫婦生活は一体なんだったんだろう」という疑問を抱くようになり、以後、カウンセリングはI氏の結婚、夫婦の意味についての探究が中心となっていきました。I氏とのカウンセリングの第3期に突入したのでした。
(180―5)三角関係化と境界不鮮明
こういう離婚の話で私が心を痛めるのはその夫婦の子供のことであります。I氏の場合、私はI氏が親権を有した方がいいと思いました。ところが現行の法律では、子供には母親が必要という観点から、母親に親権が与えられることが多いようです。
子供を育てようとするなら、親は多くのものを子供に与えなければならないのです。I氏の妻という人は、私はお会いしたことはないので明言できないのですが、与えるよりも受け取ることが優位な人のように思われます。夫であるI氏からいかに多くのものを与えてもらおうとしているかということは、これまでの経緯からも読み取れるのではないかと思います。
この子は、結局のところ、I氏―妻―子供の関係システムから妻―義母―子供の関係システムへシフトすることになるのですが、私にはこの子の将来が心配になってくるのです。
発端となった自動車の中での親子の位置関係、並びに、I氏が同席している場でI氏を抜きにして子供に「旅行に行こうか」と妻が問いかけた場面を想起してほしいのです。
私は家族療法家であるボウエンの言う「三角関係化」を思い出すのです。「三角関係化」というのは、「二者間に緊張や不安が生じると、第三者を巻き込んで安定をはかる現象」と説明されています。そして、融合度の高い夫婦は不安定になりやすく、親や子供を巻き込んで安定をはかるのですが、夫婦の自己分化の低い方がそれをするということなのです。この時、巻き込む親も自己分化が低いという場合が多く、また、巻き込まれた子供は自己分化の達成を妨げられると言います。そうして、両親の融合は子供へと伝わり、「家族投影過程」の循環が始まるとされています。(『心理臨床大事典』p1207参照)
また、「与えるよりも受け取ることを優先する」傾向というのは、やはり自他未分化な人に生じやすいということも言われています(フェアバーン等参照)。I氏の妻という人はそういう人だったように思います。
そのような観点で眺めると、妻がI氏に対して、並びに、子供や義母に対して行っている言動がより理解できるように思われます。
個人が未分化であるということは、大きく二つの意味で用いられていることが多いようです。一つは自分と他者、周囲との境界が不明瞭であるという意味であります。もう一つは個人内の境界が不明瞭であるという意味です。後者は、例えば、感情と思考が分化されておらず、両者が混交しているというような意味であります。裁判で妻の言っていることが支離滅裂だとI氏は述べていましたが、それは彼女の内面が未分化であることの表れではないかと私には思われるのです。
I氏には妻に対する暴力とか暴言などは見られなかったのです。少なくとも直接的な形では見られなかったのです。でも、妻はI氏の行為をDVだと主張しています。妻の言い分ではI氏が自分の価値観を押し付けることがDVであるということでした。
しかしながら、そこには別の問題が含まれているのではないだろうかと私は思うのです。I氏の妻と言う人は若いうちにI氏と結婚して、そのまま専業主婦となり、就労経験がほとんどないという人であるようです。私から見ると、この妻という人は自分の価値観で生きてきただろうかと疑問なのです。
このことは彼女の子育てに関しても言えるのです。彼女によれば子供は自由に好きなことをさせていればいいということになるのですが、それは子育てに関して何らの価値観も指針も持ち合わせていないことを表してはいないだろうかと、そんなふうにも思えてくるのです。
従って、価値観を主張する夫と自分の価値観を有さない妻という組み合わせの夫婦であった可能性もあるように思われるのです。
また、未分化であるというということは、周囲のあらゆることが侵入してくることにもなるでしょう。I氏が自分の価値観を述べる時も、I氏が渋滞に巻き込まれた時に「なにやってんねん」と毒づいた時も、そうした言葉が彼女には一方的に侵入してきたかのように体験されたのかもしれません。彼女はその体験を「DV」だと捉えたのかもしれません。でも、それはDVとは判断されないのです。
(文責:寺戸順司-高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)