12月18日(水):ミステリバカにクスリなし~『殺しのグルメ』(2)
引き続きロバート・ブロックの自選殺人小説集を読んでいこう。今回は6話から10話までの5話を読もう。
6「韻を踏んだ犯罪」(Crime in Rhyme)
人気の推理小説家リッキー・レインの秘書として雇われたミス・ケント。彼女を迎え入れたのはアーチボルト・ポープという男で、レインはペンネームであり、ポープがレインであるという。2週間後には新作を上梓しなくてはならないのに、まだ一行も書けていないというポープ氏。彼が求めるのは、完全犯罪ではなく、不完全犯罪なのだという。ポープ氏の目を盗んで納屋を探索するミス・ケント。そこで彼女が見つけたものは、『ガン(拳銃)もつマン氏』で使用されたピストル、『ナイフを持つファイフ氏』のナイフ、『レイザー(剃刀)を持つフレイザー氏』の剃刀、『クラブ(棍棒)を持つフラブ氏』の棍棒、『アックス(斧)を持つサックス氏』の斧、それぞれの作品で使用された凶器であった。そして、そこには創作の秘密を知ってしまったミス・ケントの首にロープをかけようとするポープ氏の姿が。
残酷な場面もありつつ、真面目な推理作家では書かないようなユーモアと笑いもちりばめている。新作は『ロープを持つポープ氏』となるのだろう。おそらく次回作は『ハンマーを持つスタマー氏』となるであろうことも匂わせる。韻を踏んでいるというか、ダジャレのようなタイトルばかりで、こういうお遊びというか稚戯な感じが印象に残る一作だ。
7「女は霊柩車」(His And Hearse)
ランディ・ダグラスは今では裕福で愛する妻との生活を送っている。そんな彼には精神分析医にも打ち明けられなかった過去があった。かつて、彼は売れない俳優だった。売れるためにかつての名女優と結婚し、倦怠の生活から妻を殺してしまうが、彼女には何一つ財産がなかったのである。続いて裕福な女と結婚するが、その生活は窮屈なものであった。耐えられず彼は妻を殺す。続いて3人目の妻も殺してしまう。平穏な生活が送れなくなったからである。こうして、売れない俳優時代から親身になってくれていたスーザンと今は結婚している。だが、ランディは倦怠生活の中で読み漁った三文ミステリーの中毒に陥ってしまっており、妻を殺す手段を強迫的に考えてしまうのだ。
ショービジネスの世界ってこんな感じなんだろうなと思わせる。著者ブロック自身、映画やテレビドラマの脚本の仕事もやっていたので、身近な世界だっただろうと思う。俳優たちは日常生活が演技になってしまっていて、それでミステリを読むと作中人物になりきってしまうのだろうか、本当に犯罪計画を立てるようになってしまうなんて、俳優業に対するカリカチュアでもあるように思った。
8「われこそはナポレオン皇帝」(The Man Who Looled Like Napoleon)
ナポレオンと瓜二つの男。今日こそは精神分析医に自分がナポレオンの生まれ変わりであることを承認させようとするが、医師も看護師も彼がナポレオンであることを信じない。ここで負けることはワーテルローの二の舞だ。男は懐からピストルを抜き出し、医師に狙いを定めたが。
我こそはナポレオンだと称する誇大妄想の男が主人公だが、この妄想に現実がリンクしてくるところが面白い。それに、医師と男の会話も秀逸で、医師の言葉をナポレオンのこととして解釈し、男の中では筋が通っていく様子が面白い。
9「ルーシーがいてくれると」(Lucy Comes to Stay)
サナトリウムに入院している女。彼女にはルーシーという心強い友達がいる。この夜、ルーシーはサナトリウムを脱走しようと彼女を唆す。脱走に成功した二人。ルーシーは彼女にウイスキーで祝杯を上げさせたが。
幻想味溢れる名品で、本書において、僕が一番好きな作品。アルコール依存の女が登場するのだが、ルーシーは彼女の味方か敵か、そもそもルーシーという女が本当に実在しているのか否か、最後まで興味が尽きず、読み手を牽引していく。
10「切り裂きジャックのカバン」(A Most Unusual Murder)
ケインはロンドンのことなら隅々まで知っている。しかし、ここにこんな骨董店はなかったはずだ。彼は友人のウッズとともにその店に入る。さまざまな骨董品、それも価値のなさそうなものが雑多と並んでいる。その中で一つの品物がケインの目に止まる。J・リドリー医学博士のネームプレートがある診療カバンだった。それは売り物ではないと言い張る店主に値段をつけさせ、奪うようにしてそれを買い取ったケイン。J・リドリー医学博士とは、切り裂きジャックの正体を疑われている人物であった。彼は切り裂きジャックのカバンを手に入れたのだった。
ブロック作品にいくつかある切り裂きジャックものの一篇。時空を移動する骨董店など幻想的というよりSF的なプロットが印象的。
さて、6話目から10話目を読んだ。続いて11話目から16話目を読み、次項にて書き残していくことにする。
(寺戸順司-高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)