12月10日(火):ミステリバカにクスリなし~『ビッグ・アップル・ミステリー』(2)
アイザック・アシモフ編集の『ビッグ・アップル・ミステリ』より、後半の6篇を読んでいこう。
7「世紀の犯罪」(The Crime of The Century)R・L・スティーヴンズ
ニューヨーク港を眺めるラガー。彼は恋人エディスに語る、俺は世紀の犯罪をやってのける、と。あくる日、ラガーと友人のアンディは3人の荒れくれ男を雇う。仕事は海賊だった。彼らはフランスから来る荷船を占領しようというのだ。その計画は着々と進められていくのだが。
著者R・L・スティーヴンズはエドワード・D・ホックの別名である。ホックらしい奇抜なアイデアが生きた小品。ネタバレすると、連中は自由の女神を盗もうというのである。エディスも含めた5人組の犯行だが、実は一人は警察のスパイであり、かくしてラガーの言う世紀の犯罪は未遂に終わることになる。
8「殺人は笑いごとじゃない」(Murder is No Joke)レックス・スタウト
ネロ・ウルフを訪れたのは有名なドレスメーカーであるアレック・ギャラントの姉フローラだった。弟のことで力を貸してほしいと言う。ビアンカ・ヴォスという女が弟に取り入り、我が物顔で会社に顔を出し、弟の会社を乗っ取るのではないかという。彼女に対して何もできないのはアレックが弱みをビアンカに握られているためではないかとも言う。そして、フローラはウルフにビアンカと電話で直接話すように求める。引き受けたウルフであるが、電話口に出たビアンカと言葉を交わしているまさにその時、何者かがビアンカを殺したのだった。
レックス・スタウトのネロ・ウルフは日本でも人気だけど、僕はどうもあまり好きではない。でも、読んでみるとけっこう面白いとも思った。
9「一場の殺人」(Murder in One Scene)Q・パトリック
殺人課のトラント警部補は郵便物に目を通していた。慈善団体の封筒を開ける。寄付を求める手紙だろうと思いきや、そこには「拳銃を持ったマーナが、エディと一緒に、5時に来るジョージを待っていて、もしジョージがこの前やったことを再びやったら、二人は「それ」をするかもしれない」という主旨の手紙が入っていたのだ。慈善団体で働く者が間違えて封入したのだろう。興味をそそられたトラントはマーナに会いに出かける。
導入の意外性、主人公のユニークな活躍、仕組まれた完全犯罪のトリック、心地よい展開等々、非常にコンパクトにまとめられた作品だと思う。Q・パトリック(パトリック・クェティン)も面白い作品を書く人だ。
10「地下鉄の怪盗」(The Phantom of The Subway)コーネル・ウールリッチ
オフィス強盗が地下鉄へ逃げ込んだ。地下鉄車掌ディレニーはそんな記事を読む。犯人はまだ捕まっていないという。その犯人と遭遇したら面白いだろうなどと考えるディレニーだが、車両に持ち主不明のスーツケースを見つける。強盗犯人のものであるとすれば、犯人は必ずこれを取りに姿を見せるはずだ。ディレニーと犯人の推理戦、そして地下鉄内の追跡劇へとスリリングに展開していく。
ウールリッチ(アイリッシュ)はいい。僕は好きだ。本編は主人公「巻き込まれ」型の作品であるが、スピード感もあり、サスペンスもあり、アクションもありで面白い。群衆の中にいながら孤軍奮闘しなければならない主人公の孤独な姿に都会の暗部を見る思いがする。同じく、倦怠の労働生活の中に、いきなり生じた亀裂のように事件が入り込んできて、そういう時にしか生き生きした体験をしないというのも現代の都会人の孤独であるように感じられてくる。
11「スペード4の盗難」(The Theft of TheFour Of Spades)エドワード・D・ホック
価値のないものしか盗まないという怪盗ニックものの一篇
旧友のロンと偶然再会したニック。ロンは、彼の仲間ケーリーと共に、ニックに仕事を依頼する。二人の女から、彼女たちが所有するすべてのカードから、スペードの4だけを盗み出してほしいと頼まれる。それも今夜中にである。ニックはこの仕事を引き受けてしまうが。
相変わらずホックの短編はよくできている。どうしてスペードの4だけを盗まなければならないか、合理的な理由もある。女占い師のトランプとタロットのカードから盗み出すという困難なミッションをクリアするところが本作の山場となっているが、この女占い師はニックよりも一枚上手かもしれない。この女占い師はロンとケリーをムショ送りにし、ニックへの支払いを不可にしたのだから。
12「よきサマリアびと」(The Good Samaritan)アイザック・アシモフ
黒後家蜘蛛の会の会合。マリオ・ゴンザロが今日のホストだが、ゲストがまだ来ない。ゴンザロは皆に釈明する。今日のゲストは一階に待たせてある女性だ、と。女人禁制の会合に女性をゲストに迎えたことで一同の間に悶着が起きるが、非常に困っている婦人であるということで、彼らは力になろうとする。バーバラ・リンドマンは姪を訪ねてニューヨークへ来たが、その夜、通りで強盗に遭い、ハンドバッグを盗まれてしまう。その時、一人の男性、よきサマリア人そのものといった感じの親切な男性が現れ、彼女を助け、尽力してくれた。彼女は彼に返礼したいと思うのだが、彼の姓と住所が思い出せないという。よく知っているような名前なのに、その夜の記憶が断片化しているために、思い出せないという。黒後家蜘蛛の会の面々は推理を働かせて、彼女の記憶想起を手伝うのだが。
アイザック・アシモフの黒後家蜘蛛の会シリーズの一篇。この安楽椅子型シリーズはともすれば単調なものになりやすいと僕は思っている。前半の一悶着はその単調さを打破する狙いがあるのだろう。謎解きそのものは暗号トリックの変形と言えそうである。メンバーがゲストに質問して、推理を披露し、最後に給仕のヘンリーが解決するというお決まりのパターンである。
以上、『ビッグ・アップル・ミステリー』収録の12篇を読んだ。本格的な謎解きから、サスペンスやアクションに富んだもの、ユーモアのあるものなど、多彩な作品が収録されている。安楽椅子もので始まり(1話目)、安楽椅子もので終わる(12話目)という構成も印象的だ。
僕の唯我独断的読書評は4つ星といったところだ。
<テキスト>
『ビッグ・アップル・ミステリー』(The Big Apple Mysteries)アイザック・アシモフ編(1982年)
常盤新平 訳
新潮文庫
(寺戸順司-高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)