12月9日:ミステリバカにクスリなし~『ビッグ・アップル・ミステリー』(1) 

12月9日(月):ミステリバカにクスリなし~『ビッグ・アップル・ミステリー』(1) 

 

 アイザック・アシモフの編集による、ビッグ・アップルことニューヨークを舞台にしたミステリのアンソロジー。 

 僕は本書を中学生の時に読んだ。アンソロジーを読んだのも初めてのことだった。収録作家はミステリ方面では有名な人ばかりだが、当時はほとんど知らなかった。それでも、とても面白く読んだ記憶だけはある。僕の中ではいつか読み直したい本の一冊でもあった。今回、読み直して、それで本書ともお別れしようかとも思っている。 

 全部で12話。6話ずつ書いて残そう。 

 

1・「春爛漫のママ」(Mom in the Spring)ジェイムズ・ヤッフェ 

 刑事である息子がママの夕食の席で事件を話し、ママが解決するというお馴染みのシリーズだ。今回の事件は、富裕な独身夫人が殺された事件で、彼女の甥夫婦が犯人を特定して訴えているというものだ。甥たちにとって夫人は金づるであったが、結婚詐欺師に殺されたのだと言うのである。 

 この「ママ」シリーズの特徴として挙げられるのは、事件のあらましを聴いた後、ママの方から三つないしは四つの質問がなされるところである。この質問が面白い。事件とまるでかけ離れたような質問をママはするのだけれど、最後にはその質問が的を射ていたことが分かる辺り、痛快である。 

 ところで僕はニューヨークのことは分からない。エンパイアステートビルが1931年に建てられたといった豆知識も得られるのだけれど、やはり賑やかでアクティブな都市なのかなと僕は思っている。そんなニューヨークを舞台にしたアンソロジーのトップを飾るのが、まさかの安楽椅子探偵ものときた。なんかセンスの良さを感じる。 

 

2・「緑の氷」(Green Ice)スチュアート・パーマー 

 土曜の昼下がり。宝石店のショーウインドウを男はレンガブロックで叩き割り、中の宝石を盗むや、共犯者の運転する車に乗り込み、逃走する。目撃者によると運転しているのはブロンドの女だということであった。後を追った警官は撃たれて死んだ。ここまでのくだりが最初の1ページで綴られる。 

 2ページ目には警察が到着して、目撃情報を集め、3ページ目には主人公であるミス・ヒルデガード・ウィザーズの登場とくる。まったく無駄のない記述だ。 

 オスカー警視は彼女を邪険に扱う(二人がケンカするのも伏線だ)が、ヒルデガードの推理に一目置くことになる。ここで彼女は現在でいうところのプロファイリングをやっているのが興味深い。 

 邪険に扱われたヒルデガードは警視に協力する意欲をなくし、彼女の本来の目的であるアパート探しを続ける。彼女が一軒のアパートを見学しに来た時、二度目の宝石強盗事件が発生する。彼女もまたアパートにいたペンキ屋から危ない目に遭うところであった。オスカー警視に助けられ再びよりを戻す二人。彼女の推理により強盗犯の逮捕に至る。 

 面白い作品である。ただ、犯人の行動軌跡が明確にされていないところに不満が残る。犯人は最初の強盗ではどう逃げたのか、二度目の事件ではどのように犯行して、どのようにしてその場所に逃れてきたのか、そういったところが明確にされていないのでいささか不完全燃焼感が残ってしまう。それでも、面白く読める作品だ。 

 

3・「ジェリコとアトリエの殺人」(Jericho and rhe Syudio Murder)ヒュー・ペンティコースト 

 資産家の息子ポール・コーデルが殺された。肖像画を描いてもらうために画家のリチャード・シェリダンのアトリエにいるところを殺されたのだ。シェリダンも巻き添えを食って殺されてしまった。暗黒街のボス、レノ・ロバーツの仕業ではないかとも囁かれる。以前、ポールの父親であるコーデル氏によって、レノは息子を失っているからである。その報復ではないかというのである。 

 ジェリコがシェリダンの死を知ったのは、シェリダンの愛人兼モデルであるアマンダからの連絡によってであった。このままではレノとコーデルの全面戦争に発展しかねない。それを阻止するためには数時間のうちに事件の真犯人を見つけなければならない。ジェリコは捜査に乗り出す。 

 ヒュー・ペンティコーストも数多くのミステリ短編を書いた人だ。コーデル一家とレノ一味のいきさつを1ページでまとめる辺りはさすがである。謎解き要素はあまりなく、むしろ状況の切迫感と主人公のアクティブな活躍に引き込まれる。 

 

4・「あの世から」(From Another World)クレイトン・ロースン 

 交霊術の実験中に起きた密室殺人事件。ドアや窓に鍵がかかっているだけでなく、ドアの隙間までテープで封鎖してあるという完全密封状態の中でドレーク氏が殺され、その傍らには霊媒として協力していた女性が意識を失っており、犯人は忽然と姿を消していた。外からドアを打ち破った時に紙テープの破ける音がしたというほどの完全な密室でどのように犯罪が行われ、犯人はどのようにその場から逃走したのか、奇術師探偵マーリニがその謎を解く。 

 密室・不可能犯罪ものの名作で、その他のアンソロジーでもお目にかかる作品である。種を明かすわけにはいかないので詳細は省くけれど、テープの破れる音などがあれば、音のする方向があると思うので、あのように上手くいくのかどうか疑問を僕は覚えるのだけれど、そんなあら捜しをせずとも楽しめる作品だ。 

 

5・「殺人の”かたち”」(Pattern For Murder)F&R・ロックリッジ 

 かつてのクラスメートが集まったパーティーでファーン・ハートリーは死んだ。階段から転げ落ち、首を折ったのだ。通報を受けて到着した警察は殺人事件課の刑事だった。誰かが彼女を殺したのだろうか。それならどのようにして殺したのだろうか。誰にもチャンスがあり、動機があったのだ。ファーンは記憶力の優れた女だった。過去のどんな細かいことまでも記憶している女だった。その記憶力の良さが致命的になったのだ。犯人にとって都合の悪い何かを彼女は記憶しているのだ。 

 フランセスとリチャードのロックリッジ夫妻の手になる短編で、ノース夫妻を主人公とするシリーズである。作者も主人公も夫婦であるというユニークな作家だ。 

 

6・「一ペニー黒切手の冒険」(The Adventure of One Penny Black)エラリー・クイーン 

 エラリー・クイーンに救いを求めてきたのは書店の店主と客だった。『混迷のヨーロッパ』という本が盗まれたといい、それを買った客も襲われ、同書を奪われたという。その前に書店では『混迷のヨーロッパ』を全部買い占めた人物がいた。どうして同じ本ばかりが狙われるのか。そこに高価な切手、一ペニー黒切手の盗難事件が絡んでくる。 

 初期のバリバリの謎解き小説を書いていた頃のクイーンの名編。次々に場面が展開し、どんでん返しもお見事と言いたい一作。 

 

 以上、1話から6話までを読んだ。続きは次項に引き継ごう。 

 

(寺戸順司-高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー) 

 

 

 

 

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