10月13日(日):島根にて(2)
百貨店を後にした僕たちは、播竜湖に向かう。そう決まった。
しかし、その前に車にガソリンをいれないといけない。ガソリンスタンド探しで手間取る。日曜日は営業していないところがいくつかあったからだ。ちょっと信じられない気持ちだったが、どうやらこの地域の人たちの場合だと、日曜日は車に乗って出かけるということが少ないようだ。その代わり、普段の平日では、出勤等のために、車の使用率が高くなるのだろう。それに合わせてガソリンスタンドも営業日を定めているようだ。
何か所か探したあと、ようやくガソリンスタンドを見つける。
おっと、いけない、これは僕の思い違いだ。ガソリンスタンドを探したのは昼食の前だった。ガソリンを入れて、海の見える食堂で食事をし、「ゆめタウン」という流れだった。その後、播竜湖となったのだ。
播竜湖、ここは前にも来たからなあ。母は湖の鯉に餌をやる。その近くで小さな子供がエサをやってたのだけど、鯉がみんなこっちに集まってしまって、その子供の辺りに鯉がいなくなってしまった。なんだか可哀そうなことをしたな。でも、鯉たちはすぐそっちに行くよ。エサを与えたら寄っていくよ。あんなにブクブク太ってからに。与えられるエサをすべて食うから太った鯉ばかりだ。
売店脇の花壇に朝顔が咲いている。母はあれは造花かしら、という。僕は見に行くが、本物の花である。すると売店のオヤジがあれは本物の花だと言って出てきた。花が咲いてないと誰も見向きもしないのだとぼやいていたな。でも、育て方によっては冬を越す朝顔もできるっていうのは初めて知った。観光客を引き止めるために苦労してはるのだな。
それからその売店でアイスクリームを買う。僕が車から降りるときに父がアイスクリームは売ってないかなと言ってたからだ。僕は最初は要らないと言っていた。腹具合がよろしくないからだ。でも、催促に負けて、僕も一ついただくことにした。車中で三人でアイスを食する。確かに暑いくらいだ。
その後、どうするか。親戚のところに夕飯を持って行ってやろうということになった。ついでに、ウチの山へ至る道がきれいになっていると聴いて、母が見に行きたいと言ったので、そう決まった。
スーパーで弁当を買う。その後、山へ。
今朝来た時は、山へ入る道の入り口のところまでしか行ってなかったけど、今回は中へ踏み入る。道路から山へ入る道が分岐してるのだけれど、まあまあの荒れ放題だ。そこに道があるというのがかろうじて分かる程度だ。
それは一旦下って、小川を渡って、登り道に入るという手順なんだけど、僕は登り道に入る手前まで行ってきた。小川を渡ったところに柚子の木が植えられていた。この辺りはまだウチの地所ではないのでいいのだけれど、けっこうな柚子栽培が行われていた。
この辺り(といってもウチの山からは離れているが)で養豚場が作られ、そのため木が伐採され、整備されていたのを見ると、そして道路がきれいになっているところを見ると、こんな辺鄙な山でも買ってくれる業者が現れそうな予感がますますしてきた。
そこから足を延ばして親戚のところへ。今日、三度目の訪問だ。母たちはまたお喋りだ。よくもまあそんなに喋ることがあるなと思った。でも、田舎の人にとっては訪問者があるというのは、きっと嬉しいことだろうと僕は思うので、好きにさせておくのがよいと思う。
それから旅館に戻るのだけれど、少しばかりドライブを。
父も母も同郷の出身だ。お互いに、誰それの家はここだとか、ここに郵便局があったなあなどと言い合っている。そういうのもいいものだと、後部座席から眺めていて、僕は思た。お互いに共有の記憶があるというのも、いいことのように思えてきた。
しばしのドライブの後、コンビニで買い物となる。僕は水を一本だけ求めた。でも、父がまたアイスクリームを買ってきた。今日二個目のアイスだ。ローソンのウチカフェのアイスだったけれど、なかなか美味であった。
それから旅館に向かう。
以上のほかに細かい見学もあった。
すでに書いたように養豚場も見に行った。まだ養豚場にはなっていないけれど、木を伐採して、山を削って、その場所を作っている最中だった。今度来た時(があるとすれば)には、きっとここにはたくさんの豚さんたちが放牧されてることだろう。それを見てみたい気持ちも生まれる。
食糧自給が叫ばれている昨今、農家さんもいろいろされてるようだ。ウチの山のふもとの川沿いにあるわずかのスペースが柚子畑になってるくらいだもの。栽培に牧畜、いろいろされることだろう。そのための土地が必要なら、ウチの山を喜んで売るのだけど。
実際、至る所、畑や田んぼ、ビニールハウスがあった。林業を営んてるところもあった。道中、牛の鳴き声を聞いたので、どこかで牧牛してるところもあったのだろう。家の庭のわずかのスペースで何か栽培しているところもたくさんあった。少しでも地所があれば栽培し、収穫し、あるいは牧畜し、そうして収入の資にしようとしているのだろうか、農家さんの現実を垣間見た思いがする。
あと大きな変電所も見た。といっても玄関先までしか行ってないんだけど。50万ボルトに変圧して、広島の方まで送電してるとのこと。なかなかすごい規模の変電所だった。あんな塔のような碍子はなかなか見かけないものだ。
その他、今までは脇を通るだけだったグランドゴルフ場も近くまで行った。グランドゴルフというと、せいぜい学校なんかのグランドを借りてやるものなんだけれど、ここはれっきとしたコースが作られている。こんなグランドゴルフ場は全国探してもないだろうと思う。ほんと、規模の小さいゴルフ場みたいなものだ。規模が小さいというだけで、普通のゴルフ場と遜色がない。いっそのこと、ゴルフなんてこれくらいの規模でやってくれたらいいのにと思う。
その他、母の話にも考えさせられるものがあった。昨晩、母は同窓会のために某温泉旅館に泊まった。その旅館、温泉旅館と銘打っているくせに温泉がないのである。入浴券を宿泊客に手渡して、近所の温泉旅館に温泉だけ借りているようだ。後日、使用された入浴券の分だけ、温泉のない温泉旅館がそこに料金を支払うというやり方をしているそうだ。
その温泉のない温泉旅館の話では、コロナ渦で客が減り、温泉を維持する経費が賄えず、ついに温泉を廃止したということらしい。母の話では料理も質が落ちているようだとのこと。
地方切り捨ての政治がこんなところに影響を及ぼしているのか。地方再生などと聞こえのいい文句ばかり並べてきた政治家たちだが、実際にはこうして切り捨てられてるところがいくらあることだろう。
コロナ渦になってからおよそ5年。その間(それ以前からもそうだったが)、僕は職場やアルバイト先など、限られた狭い世界で生きてきた。今回の僕の目的は、外の世界に出ること、より広い世界に見ること、というものだった。今日一日だけでも、その目的は十分に達成できたとみなしてよかろうと思う。
(寺戸順司-高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)