8月28日:唯我独断的読書評~『時の罠』

8月28日(水):唯我独断的読書評~『時の罠』 

 

 キース・ローマーによる1970年発表のSF小説。エイリアンによって時空間が壊された世界が舞台となっている。 

 

 最初のプロローグでは、20世紀に16世紀のガレオン船が現れ、エイブラハム・リンカーンまで現れ、ウイザース夫人は行けども行けども自分の家に戻ってきてしまい、アークライド夫妻と牧師のピーボディは昨日切り倒した木が翌日には無傷で立っているのを見る。ちなみに、ウィザース夫人、アークライド夫妻、ピーボディは後に登場する。 

 

 プロローグを経て本編が始まる。ロジャー・タイソンは車がエンコして立ち往生している。そこに通りかかったバイクを呼び止めようとするが、バイクはスリップし、乗っていた女が大けがしてしまう。急いで駆け付けたロジャーだが、女は彼には理解できない伝言を残し、耳に着けているボタンをロジャーに着けるよう指示し、こと切れてしまう。 

 言われた通りにするロジャー。ク・ネルと名乗る女はボタンを通して彼に指示を出す。ク・ネルを追ったエイリアンと遭遇するロジャー。彼は逃走し、ク・ネルの指示通りに行動する。そして、彼は一つの<割れ目>を発見する。追われる彼はその<割れ目>に飛び込む。 

 次の瞬間、彼は別世界にいた。エイリアンは執拗に追ってくる。彼はその都度、逃走し、<割れ目>を見つけては飛び込み、別時間・別空間の世界を駆け抜ける。それは第一次世界大戦中の世界であったり、マンモスが跋扈する世界であったり、砂漠であったり、原始人の世界であったり、氷河の世界であったり、彼は時空を超えていく。彼は<時の罠>にはまり込んでしまったことに気づく。 

 時空を超えていく中で、彼はアメリカ人ルーク・ハーウッド、ウィザース夫人と出会い、時空の旅を共にすることになる。この時空間が混乱した世界では24時間が延々と繰り返されている。昨日食べた食料は今日には元に戻っており、昨日死んだ人間は今日には生き返っており、昨日怪我したところは今日には元に戻っているという案配である。 

 旅を続ける彼ら。アークライト夫妻とも遭遇し、ピーボディも一行に加わる。エイリアンに追われながらも、4人は<時の罠>から逃れようと、<割れ目>から<割れ目>へ、世界から世界へ、時代から時代へと移動していく。 

 と、ここまでは物語の前半とみなしてよいだろう。ロジャーは時の罠から逃れようとタイムトラベルを繰り広げるわけだ。ここまでは「逃げる」主人公が描かれている。ある強力なエネルギーによって、ロジャーは他の3人とはぐれ、2249年の世界に連れ出されてしまう。ここから物語の後半が始まる。 

 

 2249年の世界。ここではエイリアンの仕掛けた「時の罠」を破壊し、世界の時空間を元に戻そうとしている科学者集団がいた。彼らによると、時空間が破壊され、世界は104億もの閉鎖空間に分断されているという。そして、ロジャーはそこで生前のク・ネルと再会することになる。 

 彼らはロジャーに催眠学習教材を吹き込み、ク・ネルの使命にロジャーを同行させる。ここからロジャーとク・ネルの冒険が始まることになるのだが、ロジャーはこういう大きな使命には不向きな人間で、ク・ネルを困らせてばかり。挙句の果てに、彼らの精神は別人や馬に閉じ込められたりする上に、二人の精神が相互に入れ替わるなんて羽目に陥ってしまう。ロジャーの肉体にク・ネルの精神が宿り、ク・ネルの肉体にロジャーの精神が宿ってしまう。なかなかの珍道中ぶりであり、この辺りの描写はユーモラスでさえある。 

 そうして、精神が入れ替わった状態のまま、ロジャー(肉体はク・ネル)はロックスと呼ばれるエイリアンたちの最高峰であるオオブと対峙することになる。 

 

 ここで敵を退治して終わるのかと思いきや、ロックスの上を行く知性UKRなどというのが登場して、なかなか錯綜した世界観である。UKRの助けを借りて、ロジャー(肉体はク・ネル)は、時空間を駆け巡りながら、オオブと対決していく。  

 最後はオオブの計画を断念させ、世界は元に戻る。ルークとウィザース夫人は牧師ピーボディのもとで晴れて夫婦となり1930年代に、アークライト夫妻もそれに相応しい時代へ、第一次世界大戦場面の面々も彼らに適した時代へと戻され、大団円となる。当然、ロジャー・タイソンとク・ネルの仲もめでたしめでたしというわけだ。 

 

 物語は面白いのだけど、SFの困ったところも顕著だ。 

 例えば、オオブとロジャーの取り引き場面を見てみよう。オオブのセリフより。 

 「おたくはヴラムストレータから、こっちの<第三象限トルチ発生器複合体>の出力の半分を飲み込んだんだぜ」などと言えば、ロジャーは「あの八次元ハーモニクスはいける」などと答える。 

 さらにオオブは「あんたはいったい何が望みなんだい。アーブか、グラープか、スノースウィンガーかい、それとも、オプロージスかね」とくる。続いて、「すばらしきホーニクスをひとつどうですか。ミグワップスと<高低豊化ハスペレータ>付きのやつなんだけど」。さらには「ズロンキストンをひとつおまけだ」などと言う。 

 う~む、なんのこっちゃ。全然分らんわい。 

 その他、「どういうこっちゃ?」とアタマを悩ませるような機械だの装置だの、その他さまざまな名詞がふんだんに現れてくる。こういうのは読んでいて困るところだ。 

 

 読んでいて困ることも多々あれど、物語は面白いし、短い作品でありながら、内容はけっこう豊富である。場面展開も早く、スピーディーに物語が進行していくのも快感だ。 

 主人公であるロジャー・タイソンは、ヒーローからは程遠いような人物だ。ごく普通の男であり、場面によっては普通以下と思わせるようなところもある。車がエンコしたという最初の場面でも、彼は職にありつくために車を走らせていたというのだから、しばらく無職だったのかもしれない。そういう主人公である。 

 コリン・ウィルソンが書いてたが、ヒーローの不在は個人の非重要性の表現である。本書を読んでると、確かにそうかもしれないという気になる。本書にはヒーローと呼べる主人公が登場しないし、脇役であるク・ネルやUKRがヒーローの役割を担っている。だからヒーロー不在の小説だといっていい。そして、この小説がもてはやされたのだとすれば、それはすでに時代が個人の非重要性に馴染んでいたからなのだろうと思う。 

 

 まあ、そんなことまで考えなくても、本書はそれなりに面白く読める。訳の分からないコトバはそのままにしておいて、筋だけ追っても十分に堪能できると思う。僕の唯我独断的読書評は3つ星半といったところかな。 

 

<テキスト> 

『時の罠』(The Time Trap)キース・ローマー著(1970年) 

 冬川亘訳 ハヤカワSF文庫 

 

(寺戸順司-高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー) 

 

 

 

 

 

 

 

関連記事

PAGE TOP