2月20日:ミステリバカにクスリなし~『人間豹』

2月20日(土):ミステリバカにクスリなし~『人間豹』(江戸川乱歩)

 

 僕は高校生の時期に乱歩にハマって、当時は立て続けに読んでいた。『人間豹』はその時期に読んだもので、いささか乱歩に食傷気味になっていた頃だった。そのためか本作はあまり印象にのこっていない。今回、30年ぶりくらいに読み直してみて、本作がとても面白いということを発見した。その発見を記念して書いて残しておこうと思う。

 

 物語はウエートレスの弘子に熱を上げている会社員神谷の登場から始まる。ある時、一人の奇妙な客が弘子を指名する。恩田というこの奇妙な男の後を神谷が追う。こうして人間豹恩田の悪事が始まる。

 美女を狙う恩田。最初は弘子、次に女優の江川蘭子が狙われる。明智小五郎探偵の出馬となったが、人間豹恩田は明智探偵の妻である文代にまでその毒牙を向ける。

 怪人と探偵の知力を尽くした戦いが展開される。追いつ追われつの追跡劇、裏をかいては裏をかかれるどんでん返し、何度も危機に陥っては危機から脱出する、推理小説の面白さよりも、そうした冒険活劇的な面白さにあふれている。

 

 あと、乱歩という人は情景設定が優れているなと改めて思った。30年前に一読しただけの作品だけれど、いくつかの場面は強烈に印象に残っていて、それを思い出したりする。例えば、笑顔のレビュー仮面をつけた観客たちが右往左往するさまなんて、映像化したら実にシュールな場面だと思う。鉄管長屋の追跡逃走劇なんてのも絶妙な設定だと思う。もっとも、レビュー仮面も鉄管長屋も現代では見ることがないのでどんなものか分からないのだけれど、乱歩のあの独特の語り口に乗せられると、実物は分からなくともその情景が目に浮かんでくるようだ。

 

 人間豹にしろ、こういう怪人というやつはある日いきなり現れる。平凡な日常を打ち破るかの如く怪人が出現して世間を騒がす。どうしてこういう人物が生まれたのかも明確には記されない。なんら説明がない。それでも違和感なく読めてしまう。これは言い換えれば、読み始めた途端に、いきなり読者は乱歩の世界にはまり込んでしまうということだ。余計な詮索なしで読んでいくことができるのだ。だから乱歩という人はすごい。

 また、人間豹のキャラクター設定に関して、乱歩はいくつかの恐怖小説からアイデアを拝借しているそうである。そのことは「怪談入門」で触れられている。なるほど、こうして巧みに先人のアイデアを組み込むのだなと勉強になった。といっても、キャラを造形することは僕にはないので無駄な勉強のように思える。それでもアイデアを生かすということの参考にもなる。

 

 さて、波乱万丈に展開するストーリー、明智探偵と文代夫人並びに助手の小林少年たちの目まぐるしいほどの活躍、名探偵を翻弄する怪人の残虐ぶり、いずれも申し分ない。本作の唯我独断的読書評は4つ星半だ。文句なしに面白い。

 

<テキスト>

『屋根裏の散歩者』(江戸川乱歩)-角川文庫

 

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)

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