<テーマ131> 追い込まれる「加害者」(5) 

 

(131―1)本事例を書く動機 

(131―2)妻側の人たち 

(131―3)夫側の問題 

(131―4)夫婦の双方向性 

(131―5)彼には何が欠けていたか 

(131―6)終わりに 

 

(131―1)本事例を書く動機 

 <テーマ127>から<テーマ130>まで、4回に渡って一人の「加害者」クライアントとのカウンセリングを綴ってきました。 

 「一人の」と申しましたが、実際には二人の「加害者」を軸に、そのほか四人の「加害者」のエピソードを織り交ぜて構成したものです。彼らはみな「追い込まれた加害者」でした。「自分は加害者ではない」ということを証明しようと懸命になりながらも、周囲からは「加害者」と見做されてしまうという体験をしていった人たちです。「加害者」という属性を付与されて、それを引き受けざるを得なくなった人たちなのです。 

 私が彼らのことを書きたくなったのは、彼らに機会を与えたかったからです。この事例を読んで、安易に彼を「DV加害者」だと見做していいだろうかということを、読み手の一人一人に考えてもらいたいと願ったからなのです。 

 確かに明らかな「加害者」もあります。しかし、事例に挙げた彼のような「加害者」も少なからずいるのではないかと私は思うのです。せめて、彼らに自己弁護の場を与えたいというのが私の願いでした。 

 そんなふうに願うのは私の逆転移なのでしょう。私は彼のような「加害者」にとても感情移入してしまっている自分に気づきます。それも困ったものだと自分では思いながら、でも、それが正しくないとも私には思えないのです。 

 本項では、前の4項で抜け落ちた部分や、妻側のことについて、補足的に述べていこうと思います。 

 

(131―2)妻側の人たち 

 この事例において、DVがどの時点から始まったかを特定することはできませんでした。ヒステリックになる妻を鎮めようとして彼が叩いたという日から始まっていますが、「DV関係」はそれ以前から形成されていただろうと私は考えています。こういう問題は、ある日いきなり始まるものではないからです。 

 妻という人のことは数回の面接と電話のやりとりからしか情報は得られませんでした。あとは夫である彼の報告によるものです。 

 彼によると、「DV、DVというけれど、妻の両親の方がよっぽどDVだ」ということです。妻側の両親にはそういう行為がいくつもあったそうです。そして、妻という人は父親に非常によく似ているそうです。これは自他ともに認めていることなのだそうです。 

 もし、彼女が父親とそっくりであるということであれば、彼女は父親の姿をかなり取り入れてきたのだろうと思われます。父親に愛されようと思えば、彼女は母親と同じポジションに立たなくてはならなくなるでしょう。母親とは「DVの被害者」役を担ってきた人であるようです。彼女が「DV被害者」でなければならなかったのは、その辺りのことと関係があるかもしれません。 

 彼女は夫からDVを受けるということで、母親の地位に立つことになるわけです。母親が父親からそうされてきたのと同じようなことを自分も夫からされているという構図がまず考えられるのです。それで何が達成されるのかと言いますと、「自分も父親から愛されるような女になった」ということなのではないでしょうか。 

 ここで彼女がはるかに年上の彼と結婚したということが思い浮かぶのです。結婚相手は「DV加害者」となってくれるだけでなく、「父親」のようでもなければいけなかったのかもしれません。そうでなければ、父親が愛する女(母親)になれないからです。 

 彼は「なんで妻がいちいち自分の父親にそういうことを報告するのか理解できない」とよくぼやいていたのですが、彼女はそうすることで父親との距離を縮めていったのかもしれません。以後、彼女は父親にべったりという状況に身を置くようになっていったのでした。 

 彼女には何か憎悪を抱えていたと思われるのです。これは一体どのような憎悪だったのでしょうか。それは「父親から愛されたいのに、父親が愛してくれない」という憎悪だったかもしれないし、「父親から愛されないのは、自分が母親のようではないからだ」という自身に対しての憎悪だったかもしれません。もしそのような憎悪だとすれば、この憎悪に片が付くためには、「自分が父親に愛されるような女(母親のような)になった」ということが証明され、現実に父親の愛情を手中に収めることが達成されなければならないでしょう。それを彼という相手を通して達成したのだという理解も可能ではないかと私は思います。 

 お断りしておかなければならないのは、ここに述べたことはすべて私の一方的な解釈にしか過ぎないということです。妻という人に関して述べようと思えば、私にはまったく情報が足りないのです。分からないことが多すぎるのです。分からない部分を私は推測で補うしかないのです。だから、あくまでも私の個人的な見解に過ぎず、現実の彼女とはまるで違う姿を描いているという可能性もあるのです。 

 ただ、上記のような視点で眺めると、彼女のしていることが理解できるような感じを幾度も私は経験したということは述べておきたいと思います。 

 

(131―3)夫側の問題 

 夫の方に問題はなかったのかと言うと、やはり、夫は夫で問題を抱えているのでした。公平を期するために申しあげるのですが、人間関係の問題というのは、どちらか一方にだけ問題があるというような例はほとんどないのです。双方に問題があって、双方の問題が絡み合って、複雑な問題を形成しているということがほとんどなのです。当然、妻の方に問題があったのと同じように、夫の方でも問題があるのです。 

 ところで、夫の方はなぜあそこまで追い込まれていながら、離婚を言い出さなかったのだろうと疑問を感じられた方もおられるのではないかと思います。彼はどれだけ窮地に追い込まれても、離婚は言い出しませんでした。 

 彼は離婚に対して、非常に否定的な観点を有していました。「離婚は世間体が悪い」とか「離婚するのは良くないことだ」という信念をどこかで抱いていたようでした。しかし、そうした価値観は、実は彼の父親のものだったのです。 

 彼は父親に反発していながらも、父親の価値観に縛られていたというところがあるのです。それは夫婦生活にしろ、彼の仕事に関する事柄にもそれが見られるのでした。彼もまた、父親との関係で苦しんできた人だったのです。 

 彼がこの件で苦しんだことの背景の一つとして、父親の価値観に反してしまうという恐れがあったことが窺われるのでした。でも、彼はこうした自分の問題を乗り越えていくことができたのです。父親との関係が改善されていったという点は、この事例において、もっとも重要な成果だったと私は考えておりますし、その点だけがこの出口がどこにもないような本事例における救いのように私には思われているのです。 

 どの夫婦も、結婚前から抱えている双方の問題を、そのまま夫婦生活に持ち込んでしまうということをしてしまうのです。その問題が夫婦を結びつけることもあれば、新たな問題を生み出すこともあるのです。だから、彼ら夫婦が特別だとは私は見做さないのです。 

 彼は彼で、今回の騒動で、自分の問題を克服する方向に動き始めたわけです。「克服した」とは言いません。それを「克服した」と言えるためには、彼にはもっと時間が必要でしょう。でも、克服の方向へ踏み出したということは言えるのではないかと思います。 

 

次項へ続く 

 

(文責:寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー) 

 

 

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