12年目コラム(15):動機論(2)

 カウンセリングで「洞察を得る」とか「自分に気づく」と言う場合、それはその動機に気づくという意味合いが含まれていると、僕は考えている。

 ある女性は、インテリア関係の仕事をされていたが、仕事が上手くいかないということで来談された。上手く行かない理由として、彼女は、客の注文や苦情、上司とウマが合わないということを述べた。そこで、客や上司とどのように上手くやっていくか、その方法を求めていた。
 僕は、最初はクライアントの要望に沿って話し合いを進めることにする。つまり、客や上司と上手く付き合うという路線で話し合いをする。どんなふうに人間関係を築くのか、どういう場面で困難を覚えるのか、そういったことを話し合う。
 しかし、この話し合いは結局のところ、袋小路に至る。当然である。僕にはそれが分かっていたのだが、最初から僕の路線で話し合うことはできない。クライアントの路線に沿って行かないと、信用してもらえないからである。
 袋小路にぶつかったところで、もっと別の角度からも見ていきましょうという提案ができるのだ。そこでようやくこの提案ができるのである。
 僕が、この種の問題で真っ先に尋ねたいのは、その仕事をすることになった動機である。彼女はなぜインテリア関係の仕事を選んだのだろう。彼女は「それが好きだったから」としか答えない。「どう好きだったの」とか「どういうことがあって好きになったの」ということを尋ねても、彼女は上手く答えらない。まあ、そういうものである。
 こういう時は、彼女がインテリアを目指そうと決めた頃のことやそれに興味を持ち始めた時期のことを伺うと良い。彼女がインテリアに興味を持ち始めた最初のきっかけは、彼女が小学生の頃だったと言う(すぐにこれに思い至ったわけではないことを記しておく)。その頃、家族が引っ越しをしたそうだ。引っ越しをして、新居で自分の部屋をいろいろアレンジしているうちに興味を持ったのが最初だろうということだった。
 この最初の経験には彼女が後にインテリアを目指すことになった動機がすでに潜んでいるはずである。僕はそう予測していたが、彼女はそのようには考えていなかったようだ。
 この時期の彼女の経験で、僕が興味深かったのは彼女の妹さんの存在だ。当時、彼女は妹と部屋を共有していた。彼女はいろいろ部屋の内装や配置を変えたがる。妹はそれを嫌がっていたそうだ。
 なぜ、妹さんはそれをされるのを嫌がるのだろうか。彼女の話では、妹は周りがコロコロ変わるよりも安定した状態が欲しかったのだろうと言う。妹さん本人に確認したわけではないが、きっとそうだろうと言う。本人がそう言っていなくて、彼女がきっとそうだろうと思うことには、彼女の感情がそこに含まれている(投影されている)可能性もあるので、安定した状態が欲しかったのは彼女自身であったかもしれない。
 しかし、一方で、僕はこうも尋ねてみた。妹さんがそれを嫌がったのは、コロコロ変わって安定しないだけでなく、インテリアの趣味が姉と合わないと感じていたからではないだろうかと。彼女はハッとした。
 実は、彼女が客や上司との間で問題を生じさせるのは、まさにその部分だったと彼女は気づくのだ。趣味が合わないということで、やり直しを求められるのだけれど、彼女はそれが不快であったようだ。それで、自分の好みには合わないものを作るのだが、それを受け入れる客も少なくないようだ。では、一体、彼女はどういうものを作りたい、どういうものを売りたいと願っていたのだろうか。
 彼女のインテリア趣味というのは、彼女曰く、「暖かさが感じられるもの」ということになるのだそうだ。当然、注文するお客さんの中には、「暖かさ」を求める人もあるだろうけど、もっと違ったもの、例えば、「居心地のいい感じ」とか「清涼感のある感じ」とか「風通しのいい感じ」などなど、そうした要望もあるだろう。彼女はそういう要望には答えられないということになる。それらに答えようとすれば、彼女は自分の意に反することをしなければならないと感じるようだ。
 では、なぜ彼女のインテリアは暖かいものでなければならないのだろうか。これは彼女が求めているものであるはずだ。
 彼女は子供時代を振り返って言う。父親が不安定な人で、ころころ転職していたようで、父親の就職の関係で何度も引っ越しを経験していたそうだ。そして、ようやくこれが最後の引っ越しになるだろうということになって、それから彼女は自分の部屋をいろいろ動かすようになるのだ。おそらく、ようやく自分の居場所が安定するという喜びもあっただろうと思う。そこで求められたのが「暖かさ」である。彼女はこの「暖かさ」がもたらされるだろうと期待していたのだと思う。実際、当時の父親と母親との関係は冷え切っていたそうだ。
 彼女がインテリアに興味を持った動機は、「この暖かさを自分の生活(空間)にしたい」という願望から発していると言ってもいいだろう。もし、この動機に気づくことができれば、次の段階は、自分の願望と客の願望をどう区別していくかという点であり、また、自分の願望をどこで満たしていくかという問題に取り組むことである。
 ここで興味深い話がある。彼女がインテリアの仕事を始めた初期の頃は、もっと柔軟に客のニーズに応じていたような気がすると彼女は話します。いつ頃からか、彼女は自分の要望を前面に出すようになってしまっていたのだ。
 これは何も難しいことではなかった。彼女の夫婦生活、子供との関係が上手くいかなくなった時期にそれが生じているということがすぐに明らかになった。自分の生活が「暖かさ」から遠ざかるほど、彼女はそれを求めてしまい、客にもそれを押し付けてしまうのだ。ここには自他の区別が不明確な部分があるのだが、客がそれを求めているかのように彼女は信じてしまうのだ。でも、本当にそれを望んでいるのは、客ではなく、自分自身であるということをしっかり認識していくと、こうした混同はなくなっていった。
 これ以後は、彼女の夫婦関係の問題に移行していったので、事例の記述はここまでにしておくけど、彼女は最初の動機を十分に意識化していなかった。それが現在の困難にいかに影響していたかということにも理解が行き届いていなかった。逆に言えば、最初の動機が意識化され、それが明確になればなるほど、彼女は自分の現在の状況に対して、より適切に考えることができるようになっていったのである。それをカウンセリングを通してやっていったわけである。

文責寺戸順司-高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー

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