<#016-18>「具合が悪くて行けません」
<Q>
「(体の)具合が悪いので行けません」
<状況と背景>
これは予約をキャンセルする時にクライアントがおっしゃる言葉です。初回でこれを言う人もあれば、継続中にこれを理由にキャンセルされる方もおられます。
大体、キャンセルの理由は大きく二つに分けることができます。一つは、この例のように、病気や怪我、身体の不具合などによるものです。もう一つは、急な用事や予定、仕事などによるものです。
ここでは身体の不具合の方を主に取り上げています。
<A>
カウンセリングを受けるか受けないかは最終的には本人次第だと私は考えていますので、不具合を理由にキャンセルされる場合は、仕方がないこととして私は諦めることにしています。
確かに、私たちは生身の体を有しているので、具合が悪くなることもあれば、怪我や病気もするでしょう。また、社会関係の中で生きている以上、急な用事や仕事が入るということもあるでしょう。予約をキャンセルしなければならなくなる場面があるものだと思います。
<補足と説明>
しかし、少し立ち止まって考えてもらいたいと思います。これはこれで考えるいい機会だと思いますので。
と言うのは、なぜ当日になって具合が悪くなるのだろうか、なぜその日に限って他の用事が入るのだろうかということを考えてみると、いろいろな発見があるものです。
前日には元気そうな感じで予約された方が、予約当日、それも直前になって具合が悪くなって行けませんと言ってくるとします。この人はこれまでにも人生上の様々な場面でそれを繰り返してこなかっただろうか。例えば、懸命にテスト勉強していたのに、テスト当日になって具合が悪くなったりとか、大事な約束の日とか、あるいは、またとないチャンスが来たように感じられた途端に具合が悪くなったとか、そういうことを繰り返してきていなかっただろうか。私は疑問に思うのです。
フロイトには「日常生活の精神病理」という本があります。これは日常私たちが経験する言い間違いとか度忘れとかいう失策行為についての研究なのです。こうした行為は、「たまたま」とか「偶然」とか「不注意」といって片づけられてしまうような事柄なのですが、フロイトはこうした行為にも意味があると言っているのです。
もう少し丁寧に言いますと、そうした失策行為は神経症と同じメカニズムがあるということなのです。その意味では失策行為も一つの症状と考えてもいいと私は思うのです。
約束した当日になって具合が悪くなるということも、観点を変えれば、一つの失策行為なのです。
私は次のように考えています。身体などの不具合でカウンセリングを急にキャンセルしなければならなくなる人は、そのすべてがそうだとは言えないにしても、人生上の大きな局面ではいつも具合が悪くなってしまい、それで失敗するか、あるいは、能力よりもはるかに下の結果で甘んずるしかないという、そういう生き方をしてこられているのではないかと思うのです。従って、こうしたキャンセルは、身体の具合だけの問題ではなくて、その人の生の様式、在り方がそこに現れているのだと思うのです。
従って、キャンセルして終わりにするのではなく、その奥にあるものを一緒に考えていきたいと私は思うのです。それは偶発的な不具合ではなく、その人の神経症的なパターンの一つであるかもしれないからであります。
また、その人は人生のどこかでそれが通用するということを学んだかもしれません。病気を理由にすれば休めるということを身に着けたのかもしれません。つまり、「具合が悪い」と言えば免除される経験を積んできたのかもしれません。事態を回避したい時にはその方策で乗り切ってきたのかもしれません。
このように言うと非常に意地悪に聞こえてしまうことだろうと思います。具合が悪くても受けろと言うのか、あるいは、当人が具合が悪いと言っているのに信用しないのか、などと思われそうでありますが、そうではありません。当人は本当に具合が悪いと経験しているものであります。ただ、それが一つのパターンを形成していないかどうかということを取り上げている次第であります。
また、ある人たちは上昇志向のようなものを持っておられるのです。調子のいい時しかやらないといった感じの人であります。これらは幾分神経症(適応障害)的な傾向であります。
これがもう少し極端になると、具合や調子がいい時の自分が本来の自分であって、具合の悪い時の自分は否認したいといった感じの人たちがいます。「うつ病」と診断される人、さらには「人格障害圏」の人にはよく見られる傾向であると私は思います。
だから、このような人は、何か不具合が発生するとそれをすべて投げ出すということをするのであります。些細な不具合が重大な障害物として立ちはだかるかのように体験されているのでしょう。時には、一瞬のことでこれまで蓄積してきたことを無に帰してしまうような人もおられるのです。具合のいい時に築き上げたものを、具合が悪くなるとすべて叩き壊すようなことをしてしまうわけであります。
さらに、この不具合が自分を妨害するように体験している人もおられ、これは「被害妄想」の入口に見られる現象であります。
「具合が悪くて行けません」というキャンセルを取り上げていますが、キャンセルすること自体はここでは問題としていないのであり、それがその人の抱えている問題とか症状、ないしはその人の人生におけるパターンと関係しているのであれば、それは取り上げて話し合い、考察して、洞察なり理解なりを深める方が治療的であると私は考えています。
(文責:寺戸順司-高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)