10月1日(月):ブログ再開
今日から10月。心機一転、このブログも再開しようと思う。未公開のブログが何件かあるのだけれど、それはボツにしよう。あまり面白いものではない。
僕は自分の書いている文章が何一つ面白味のないものに思えて、つくづく書くのがイヤになった。どれを読んでも下らない文章にしか見えない。下手くそな文章だと思うし、内容も興味を持ってもらえるようなものではないなとも思う。だから、ますますブログなんて書く気になれなくなった。
このブログを始めたのは去年の9月の後半だったな。あれから一年が経っているということか。もう何年も前のことのようだ。この一年、僕自身や周囲が目まぐるしく変わった感じがある。ブログを書き始めた頃は、まだ女性友達と交際していたのだったな。彼女とは別れ、今、Yさんと交際している。アルバイトも新たに始めたし、足の骨折も経験した。いろんなことがあったなと思う。
一年があっと言う間に過ぎると感じる人もあるけれど、僕は逆だ。とても長く感じる。一日一日が長い。僕の個人的な見解だけれど、活動量が多い方が時間は長く感じられると思う。つまり、バタバタしている方が長く感じられるということだ。これも逆だと思う人があるかもしれない。でも、時間が短く感じられるのは、バタバタの真っ最中の時だけだ。後で振り返ると、短時間で非常に多くのことをしたということが分かる。その時、僕は一日はけっこう長いものだなと感じる。一日あればいろんなことができるということを本当に実感する。無益で退屈な時間は、それを体験している間は時間が長く感じられるだろうけれど、後で振り返ると、残るものが何もなく、むしろ短く感じられるものだ。これはトマス・マンの「魔の山」でも記されていて、僕も深く共鳴した部分だ。
このブログも15分で書き上げるというのが僕のルールだ。今朝、起きて、準備をして家を出る。午前中は予約がないので、これを幸いにと外回りのことをする。銀行に行き、買い物をして、書類をコピーする。移動の合間に小説を読む。既に100ページほど読んでいる。今、お昼前だ。お昼にYさんに電話する約束がある。午後からは仕事をする。その合間に二軒の業者と連絡を取ることになっている。それに、文書を一つ書いて、投函する。それから昼食だ。昼食はたいてい夕方になる。その昼食の後、少し仮眠をとる。それから資料の整理をしようと考えている。21時まで記録や原稿を書いたりして過ごすだろう。21時から23時まで、いつもの喫茶店で本でも読んで過ごすことにする。24時から翌朝6時まで深夜のアルバイトだ。アルバイトを終えると、本をコピーして、その後、その本を図書館に返却しに行く。また返却が遅延してしまった。いつか怒られるだろうなとビクビクものである。本を返却したら、その足で高槻まで出る。事務所で事務仕事をする予定だ。本のコピーをファイルに綴じないといけない。でも、少しは眠るかもしれないな。午後からYさんと会うつもりだ。ここでようやく僕の自由時間になる。
こんなことをやっていると、本当に一日が長い。今朝、家を出て、帰宅は明日の夜だ。アルバイトが深夜にある時はいつもそうなる。
僕のことをタフだと評してくれる人もあるが、自分ではそうは思わない。体力の衰えを最近は感じているくらいだ。足の方もまだ本調子ではない。骨の方は問題なく経過しているのだけれど、腫れが引かないのだ。2,3日前に、左右見比べて、少し腫れが引いたなと実感して、それからは歩行も幾分ラクにはなった。それでも、庇いながら歩くので、少し疲れる。余計な体力を消耗している感じだ。
また、とりとめのないことをダラダラと綴ってしまった。こんなの読む人がいるのだろうか。
(寺戸順司-高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)