<#015-17>2回目面接解説編(8)
S氏の面接を追いながら解説を続けます。
(65)T:それで切り抜けることができれば良しです。ただ、前回のようにはいかないかもしれません。
(66)S:(笑う)先生はまた何か見越しているんでしょう。そういうの教えてほしいんですよ。
(67)T:(笑む)見越しているわけではないんですよ。妻と義母の反対を押し切ってまで受けたので、妻たちの不満や憤りが前よりも激しくなるだろうと思います。そして、DVのようなことが何度も起きると思います。つまり、Sさんが妻に手を上げてしまう場面が増えるかもしれません。妻たちはますますパニックになることでしょう。Sさんに対しても圧力をかけてくるかもしれません。さらに多くのことを要求してくるかもしれません。
(68)S:言われてみると、確かにそうなりそうな予感がする。どうすればいいですか。
(69)T:妻たちの感情に反応せず、挑発を受けないようにしてほしいと願ってます。これは口で言うほど簡単ではないのですが、できるだけ相手の感情を受け取らないようにしてほしいと思います。妻と義母は否定的な感情をSさんにぶつけてくるでしょう。その感情に応じないようにしてほしいのです。もし、困った場面とかがあったら、次回、その場面を考えてみたいと思いますので、そういう場面のことはよく覚えておいてほしいし、メモとかにとって記録に残しておいてほしい。
(70)S:わかりました。やってみます。
(71)T:では、今日はここまでにしましょう
(解説)S氏は妻たちの反対を押し切って今回のカウンセリングを受けに来ているので、妻と義母が何かと干渉してくることが予想されるのです。今回、DV問題発生後の面接でもあり、妻たちの感情も穏やかではなくなっていることも予測できるのです。それでも彼は前回と同じ言い分で乗り切ろうと考えていました。
それで切り抜けることができればいいのですが、前回のようには行かないだろうと思い、私はそれを正直に伝えています(65)。これは単純な理由でありまして、上述のように、前回の面接経緯と今回の面接経緯とが違うからであります。
(66)のS氏の応答はどういうものでしょうか。(65)の私の発言を軽く受け止めているようにも見えるのですが、一方で軽く受けとめたいという願望が現れているのかもしれません。不吉なことは予想したくないという気持ちがあるのかもしれません。
(67)の私の応答は、幾分(66)のS氏に調子を合わせているところもあるのですが、内容は真剣であります。彼に限らず、一般的にクライアントは問題を軽視したがるものであります。一度問題が発生したら、次は生じないだろうなどと根拠もなく思い込んでいたり、ここまでしんどい思いをしてきたのだからこれ以上しんどいことは起きないだろうと信じていたりするのです。そこに釘をさすようなことを私は言うのですが、決して楽観視してはいけないのであります。
夫婦の一方(夫にしておきましょうか)がカウンセリングを受ける場合、パートナー(妻)がそのカウンセリングに好意的であるか否かでずいぶん様相が変わるのであります。このカウンセリングに否定的な感情を持っている場合、妻は夫のカウンセリングを妨害する形で動きを見せるようになることが多いのです。クライアントの中にはそこまでは理解できる人もおられるのですが、この妨害が手段を選ばないことまでは思い及ばないことが多いように思います。言い換えれば、妻はありとあらゆる手段を講じて夫のカウンセリングを妨害するものと思っておいた方がいいということであります。妻が人格的に未熟であるほど、この妨害は手に負えない形で、厄介な手段でなされると私は考えています。
(67)では、私はそこまでストレートに伝えているわけではないのですが、本音を言えば上記のようになるでしょう。
(68)では、S氏は言われてみればそうなりそうだと思うと述べます。私が誘導したかのように見えるかもしれません。でも、彼の中でその心配があるから(66)のような反応が生まれたのかもしれないのであります。
彼がどうすればいいかと問うので、私は応じています(69)。相手の感情を受け取らないこと、もう少し意地悪な見方をすれば、相手の挑発に乗らないことであります。そうは口頭では簡単に伝えることができても、実際に実行するとなるとかなり難しいことであることも私は分かるのです。もし、そういうことができていればDVのような問題は起きないでしょう。DVが発生しそうになると、その場面を回避することができることでしょう。だから私も無理なことをS氏に求めていることになるのです。そのことは十分わかっているのに、それでもS氏に伝えているのは、正直に言えば、私の陽性逆転移であります。
この陽性逆転移は、端的に言えば、「相手をなんとか救いたい」ということであります。そういう感情が私の中で生まれていたわけであります。これがクライアントにどう伝わるかによって、この逆転移はカウンセリングにとって毒にも薬にもなり得るものであります。今はそこに詳しく立ち入ることは控えましょう。
(69)の私の発言の後半は、S氏に宿題というか課題を与えています。これは多くのクライアントに求めてきたものであります。その問題が発生した場面を私も見たいと思うのです。クライアントはそこを話してくれるのですが、さらに贅沢を言って、あたかもビデオに録画したかのように伝えてほしいと求めているのです。その場面のことを正確に記録をとってほしいわけであります。問題場面の前後も含めて記録して、一体そこで何が起きているのかを検討したいのであります。
(70)私の要望に対してS氏はやってみますと答えています。こんなふうに素直に承諾してくれるクライアントは希望が持てるのであります。クライアントはカウンセラーに協力しようという態度を示していることになるからです。
困ったような感じになられる方もおられます。それでも渋々やってみますと了承してくれることもあります。ただ、こういう人は現実には記録を取ったりはなさらないか、きわめて乏しい記録しか持ち込まないのであります。
さらに疑心暗鬼になっていると、何のためにそれが必要なのですかとか、それをすることの目的は何ですかということを執拗に尋ねてくることもあります。いろいろな感情がそこには作用していることでしょうけれど、問題場面を見たくないとか、そこに関わりたくないとかいった気持ちが強い例も多いように思います。
また、人格障害圏とか精神病圏の人格水準にある人の場合、こういう課題を非常に恐れることがあるように私は思うのです。何かを課せられるということが心的に多大な負荷となって圧し掛かるのでしょうか、こういうことをしてくださいとこちらがお願いするだけで参ってしまうような人たちもおられるのであります。
そのように考えると、S氏が素直にやってみますと承諾しているのは、心的には健全な傾向であることを示しているように思われるのであります。彼は、彼の妻や義母が信じているほど病的な人ではないのであります。
(文責:寺戸順司-高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)