4月17日(火):焦燥感
今日(と言っても、これはその翌朝に書いているので昨日と言うべきか)、午前中に一件仕事を済ませて、午後からYさんと会う。
京都の、Yさんの職場の周辺をリサーチしに行こうと約束していた。でも、京都は人が多くて、けっこうたいへんだった。あまり人混みというのが得意ではないので、僕はどっと疲れを感じた。
Yさんも疲れているようで、僕も疲労感に襲われていて、なんだかお互いに噛み合わないことが多かったな。いつものような感じに戻ったのは、夕食後になってからだと僕は体験した。
Yさんを見ていると、イライラしてしまう時がある。これを良くないことだと言って、押し殺してしまうことはしない。そういう人を僕は何人も知っているからだ。イライラはそのまま感じることにしている。ただ、それをYさんに向けて発したりはしない。
僕に関しての事柄は、すべて僕の事情によるものだ。この疲労感もYさんのことでイライラを感じたりするのも。すべて僕個人の問題であって、それはYさん個人とは全く関係がないことだ。
Yさんには申し訳なかったと思うが、僕は愉しむ気分にはなれなかったのだ。こういう気分の時、僕はYさんとの関係で葛藤を覚える。僕はそれを内省した。
まず、僕には何か焦燥感があった。非常に焦る気持ちがあったのだ。それはYさんと会う前に面接したクライアントからも一部もたらされた感じがする。その焦る気持ちは、何かこうしてはいられないという気持ちになっていて、そういう時はどのような用事や約束事であれ、僕の足を引っ張るものとして体験されてしまう。
焦燥感というのは、僕が定義するところでは、「何者かになろうと欲していて、何者にもなれない状況で体験する感情」ということだ。僕はそういう時、むしろ独りになりたいと思ってしまうのだ。
ダメだ。どうも上手く書けない。気持ちが騒がしくなっていて、まとまらない感じがしている。
(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)