<#015-6>初回面接~解説編(3)
S氏の初回面接の解説を続けます。
(67)T:まるで、カウンセリングが上手く行かないなら病院送りだ、と言われてるみたいですね。そして、それを妻と義母が決めるということのようですね。
(68)S:妻たちは人格障害だと思っている。カウンセリングよりも病院を探した方がいいかもとも話し合っている。
(69)T:Sさんが人格障害というのはどこを見てそう言うのでしょうね。
(70)S:よくは分からないけれど、DVのような問題を起こすのは人格障害であるとか、そういう情報をどこかから得たようです。
(解説)私の(67)のような発言はいささか誇張が含まれています。彼は妻たちとの関係において、いろいろ不愉快な体験をしているだろうと思われるのですが、彼はそれを語ろうとはしてきませんでした。どこかそれを避けているという印象を受けるのですが、それは同時に彼がきわめて抑制的であることを示しているように思われるのです。抑制的な相手に対しては少しオーバー気味に言う方が良いように私は考えています。私の言うことがオーバーだったり、極端だったり、誇張が過ぎたりしていると、クライアントはそこを修正してくれることがあるからです。
ところが、彼は私の誇張的な問いかけには応じて来ませんでした。彼の眼は、自分の体験ではなく、妻・義母の行為に向いています(68)。ところで、自分の処遇を家族が一方的に話し合っているなんて、私にはけっこう耐えがたい行為であるように思われるのです。S氏はどう体験しているのか不明であります。
彼の(68)の発話は、妻たちによる彼の診断と彼の処遇とが語られているわけですが、(69)において私は前者を取り上げていることになります。妻たちは彼を人格障害だなどとみなしているのですが、私にはそう思われないので、いささか私の興味主導となりましたが、妻たちが彼のどこを診断しているのか知りたいと思ったのです。
結局のところ、彼が人格障害であるという妻たちの診断は明確な根拠が欠落していることが伺われるのです。簡潔に言えば、レッテルを貼って、それでよしとしているようであります。従って、妻たちはそれについて考えることができないということを示しているようであります。
(71)T:そうですか・・・(考える)・・・奥さんと義母にカウンセリングのことを訊かれたら次のようなことを言うといいでしょう。Sさんが本当に人格障害であるかどうかを見極めるために、できるだけSさんを刺激やストレスの少ない環境に置いてみたいとカウンセラーが言っていた、と。だからSさんの個人的な事柄にはできるだけ介入しないでほしいと頼まれていると伝えてください。
(72)S:それでなんとか切り抜けられますかね。
(73)T:分からないけれど、Sさんが人格障害であると決定された方が二人には都合がいいわけでしょう。それなら協力してくれそうな気もするので。
(74)S:分かりました。何か訊かれたらそう伝えてみます。
(解説)妻たちに問い詰められたらこう言って切り抜けなさいと私は示唆しています(71)。こういう即席の対処法などはあまり役に立たないことが多いのであります。それでも何もないよりかはましであります。その程度の役にしか立たないものなのです。
彼の反応はどうでしょうか。(72)の発言は彼が半信半疑であることを伺わせます。(74)ではそれを受諾しているのですが、それでも半信半疑であることに変わりはないようにも私には思えています。それでも、やってみますと彼は言います。ちなみに、先生の言うとおりにやってみたけれど上手く行かなかったということで、信頼感から一気に不信感へと激変するようであれば、彼は人格障害的であります。
(75)T:それはそうと、今日はお仕事帰りだったんですね。(S:ええ、そうです)。勤務が不安定だとおっしゃってましたが、どういうお仕事なんですか。
(76)S:(要約-彼は非正規雇用で働いているという。いろんな職場に行くので、始業・終業の時間も現場によってまちまちだと言う。大学卒業後に就職した会社で10年以上勤めてきたが、その会社が吸収合併することになった。会社で人員整理があり、彼はそこで半ば自主退職したようである。それから4年近くなるが、以来、派遣やアルバイトなどを点々としながら現在に至っているという)
(77)T:正社員として働かないのはどうしてなんでしょうか。
(78)S:(要約-退職した時は、一か所で働いていると可能性が閉ざされる気がしたので、いろいろな仕事を経験しようという気持ちから派遣で働くことに決めた。妻も起業すると言い出した。彼らには子供が一人いる。それまでは子供に手がかかるので妻は専業主婦であったが、子供が小学生になったのを機に、妻は起業した。小さな店を始めたそうだ。それは妻の夢だったようである。退職後、最初の1年くらいはその生活でも良かったのだけど、2年目からはちょっと飽きがきた。今ではこの生活に面白みを感じられない。派遣であちらこちらで仕事をするけれど、達成感が乏しく、不満が多くなった)
(解説)私は話題を転じています(75)。妻と義母に関しての不安をもっと述べてもらってもよかったのかもしれませんが、あまり不安の強い話題に終始するのもどうかとも私は思うのです。まず、不安の種は決して尽きることはないので、不安はそれを十分に話せたという体験を主体にもたらすことは少ないだろうと私は考えています。加えて、その人の自我が弱っている状態などでは不安に圧倒されてしまう可能性もあるので、多少は不安な題材から目を逸らす必要もあると私は考えています。
彼の仕事の話になるのですが、後々重要になる情報は、彼が退職して非正規雇用で仕事をするようになったこと、その時期に妻が開業したことです。1年目はまだしも、2年目から彼の中で変化が起きていること、それ以来彼にとって不満足な生活を3年近く続けていることです。
(79)T:しかし不思議ですね。最初の1年はそれで良かったけれど、その後3年は不満を抱えたまま続けてきたのですね。2年目で再就職することもできたのにね。
(80)S:なんか妻が許さないんです。(T:どういうこと)。僕が正社員で働くと、妻は仕事のモチベーションが下がってしまうと言うんです。家計が苦しくて、自分がそれを助けているという感覚がないと頑張れない、とかって言うんです。
(81)T:それでは奥さんのためにSさんは不満足な生活を続けているということになるわけですか。
(82)S:そうなりますかね。義母からも妻に協力するように圧力をかけられているので。つまり、義母が言うには、僕は大学卒業してから自分の選んだ分野で仕事をしてきた。妻は子育てがあって好きなこともできないでいた。だから今度は娘に好きなことをやらせてあげてほしいなどと言ってくるんです。
(解説)私の(79)の発話は私の正直な疑問であります。
次に語られるのは妻のことです。妻は彼が正社員で働くことを許さないと言います(80)。彼からすれば、妻は自分が頑張れるために彼に不満足な仕事を続けてほしいと言っているようなものではないでしょうか。
続く(81)では、私は思ったままのことを口にしているのです。妻の言い分から、妻の自分本位さが感じられて、私はいささか不愉快な感情を体験していました。そういう私の感情もこの発言に含まれていたように思います。
ところが、次に義母のことが語られます。私が思うに、(81)の私の発言に含まれている不快感情を彼は回避したようにも見えるのです。つまり、(81)に続いて、「そうなんですよ、この3年間はずっとガマンしてきました」とか、もっと怒りを込めれば「妻が起業するのはいいけど、なんで俺がこんな犠牲を払わなければならないんだ」とか、そういった内容のことが語られてもいいはずなのに、そういう話が彼から出てこないのであります。
さて、義母の話です。義母もまた彼に圧力をかけてきます。この義母の要求の出し方によく注意願いたいと思います。ここにはすでに義母のスプリッティングが見られるのです。つまり、義母にとって娘(妻)のやることは絶対的に正しいのであります。妻という人が子育てに従事してきたのは分かるのですが、S氏がそれを押し付けたわけではないでしょう。それでも義母の中では、S氏は自分の好きなことをやってきて(実際はそうとばかりは言えないだろうと思うのですが)、妻は自分のやりたいこともできず抑圧的に生きてきた(これも現実とは違うだろうと思うのですが)というふうに映るのでしょう。
さらに、端的に言えば、義母のこの要求には、「与える-奪われる」といったニュアンスを私は感じるのです。最初はS氏に与えられ、妻は奪われた、だから今度は妻に与えられ、S氏は奪われる(それが当然であるといった感じがある)といったニュアンスであります。これは義母が口唇期固着の強い人であることを伺わせるのであります。
(83)T:なるほど、今度はSさんがガマンする番だって言われているようなものですね。(S:ほんとそうですよ)。それは腹も立つでしょう。
(84)S:時折、イラっとくることはあります。仕事中なんかによく感じます。派遣の仕事が悪いわけじゃないんだけれど、働きながら、なんでこんなことやってんだろうって気持ちになることはあります。
(85)T:そういう時は奥さんを恨みたい気持ちになるでしょうね。
(86)S:いえ、妻よりも義母ですね。どいうわけか、そういう気持ちになると義母の顔が思い浮かぶ。
(解説)私はこの義母に幾分憤りを感じていました。(83)の私の発話は、私はそれを聞くと腹が立つ思いがする。だから、Sさんもそうではありませんか、という意味なのであります。文章で「腹も立つでしょう」と書くと、どこか決めつけた感じがしてしまうかもしれません。
彼は、「時折、イラっとくることはある」という形で不快感情に少し触れています。それを少し述べています。ただし、それは彼の仕事中のことであります。言い換えると、妻と義母が不在の場面での不快感情は語ることができ始めているように思われるのです。
(85)はそれを妻と関連付けようとして、私がいささか先走りしすぎているところであります。
彼はむしろ義母の方だと言います。字義通りに受け取れば、妻の言い分よりも、義母の要求の方が腹立たしいということが伺われてきます。その一方で、妻に関することはどこか回避したい気持ちが働くのかもしれません。つまり、妻に目を向けるよりも、義母に目を向ける方が彼にってはやりやすいところがあるのかもしれません。
(87)T:義母の存在が大きいみたいですね。なんだかSさんは義母にずいぶん遠慮しているようにも見えるのですが。
(88)S:遠慮と言えば遠慮なんですが、どちらかというと、できるだけ関わりたくない気持ちですね。
(89)T:義母の言うとおりにしていれば、関わらずに済むということですか。でも、実際、そうなんでしょうか。
(90)S:いや、そうとも言えないかも。何かにつけて妻は義母に言うし、その都度、義母は僕に言ってくるので、よく考えると、あまり変わりはないかもしれない。
(解説)私の(87)の発話はあまりよろしくなかったなと思うのです。義母に対して遠慮しているように見えるということですが、適切な言葉が見当たらず「遠慮」という言葉を代用したのです。
しかしながら、彼はそれを訂正してくれています(88)。遠慮ではなく、関わりたくないのだ、と言うわけであります。こういう訂正をしてくれるのは良好な関係性が形成されていることを示しているように思われます。
ところで、(88)で肝心なところは、彼は義母と関わりたくないと願っていながら、心的には義母と関わり続けているのです。イラっとくると義母が思い浮かぶなどというのも、義母との関係性が強いことを表していないでしょうか。従って、ここには矛盾があるわけです。義母と関わりたくないと意識的にはそう思うとしても、心的には(あるいは無意識的には)義母と関わり続けていることになるからです。
続く(89)では、彼の中の矛盾を取り上げた方がよかったでしょう。「義母とは関わりたくないけれど、心の中では関わりを持ってしまって、自分でもどうにもできないみたいですね」とでも言った方がよかった気がします。
幸いにも(90)で再びS氏の方から訂正してくれています。ちなみに、カウンセラーの発言が自分とかけ離れている(つまり、カウンセラーの発言が自分とズレている)と、「人格障害」的な人ならたまらなく不愉快に思うでしょう。激怒する場合もあるでしょうし、一気に抑うつ的になってしまう(つまり、一体感の喪失、見捨てられた感じなどを体験するので)こともあるでしょうし、後で各種の行動化(過食であったり、リストカットであったり)をすることだってあるでしょう。彼は冷静に訂正してくれているので私も助かっているのですが、こういう行為ができるということは、彼が「人格障害」ではないことの証拠にもなるのであります。
彼は義母と関わりたくないと願っていても、義母の方から関わってくることになります。そして、そう仕向けている(言葉は悪いですが)のは妻ということになります。妻もまたS氏をどこか回避しているところがあるような印象を受けます。
(91)T:義母と関わりたくないためにやってることが、全然その目的を果たしていないということになるわけですか。
(92)S:(少し笑う)そうですね。言われてみればそうかもしれない。もっと別の方法を取らないといけないな。
(93)T:おそらく無駄でしょう。Sさんが義母と関わらないようにどんな方法を取っても、妻と義母が結びついている限り、義母の方から関わってくることになるでしょう。
(94)S:そうなるでしょうね。ホントだ(注-他人事のような感じで話される)。
(解説)この辺りのやりとりは自分でも拙いなと思う次第であります。こんな冗長なやりとりをしなくても、「義母の方から関わってくることになるので、あなたとしては手の尽くしようがないですね」とひと言で済む話であります。
ただ、(92)にしろ(94)にしろ、彼はどこか他人事なのです。そういう印象を私は受けるのです。それが自分の問題であると認識していない人や、本腰を入れて取り組もうとしない人(例えば、楽観的に希望的観測に頼り切っているといった感じの人)によく見られる態度であるように私は思うのです。こういう態度が強い人は、カウンセリングを受けに来ることはあっても、継続しようとしないものであります。この人が継続するためには、その態度が放棄されることが前提になるのであります。
中途でありますが、分量が多くなるので、ここで項を改めることにします。
(文責:寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)