<#015-1>面接開始まで
カウンセリングを知ってもらおうとすれば、現実に受けてもらうのが一番確かであります。それでも不十分な箇所が生まれるもので、それを補うためにケースを掲載して読んでもらうのがいいと私は思います。
ただし、実際のケースをそのまま記述することは、クライアントのプライバシーの問題なども絡んできて難しいことです。架空のケースをこしらえても目的は十分に果たせるとは思うのですが、すべてが架空であると信用されないかもしれないという危惧が生まれてしまうのです。
私はこれから男性クライアントS氏のケースを綴っていく予定をしています。上記のジレンマを解消するために以下のようなアレンジを加えています。
まず、事例では一人の男性でありますが、モデルとなったクライアントが数名おり、さらに他のクライアントのエピソードなどを交えています。つまり、S氏は複数の人の合成であります。S氏という人は存在しないのでありますが、S氏が体験しているものは事実に基づいています。
また、モデルとなったクライアントが存在しているとしても、考察に必要でない話は割愛しています。現実にはもっと多くのことを話されているのでありますが、すべてを網羅すると莫大な分量になるので、省略または要約して記述している箇所もあります。
以後、ケースと考察とを分けて記述します。面接のページがあり、続いてその面接の考察のページが続き、再び次の面接ページが続きます。面接と考察が交互に記述されます。
面接の方では( )に数字を付してあります。これは考察のページで必要になる番号でありますので、気にせずお読みいただければよろしいです。その箇所を示すための番号に過ぎません。
考察(説明)ページを設けるのは、カウンセリングというものは第三者から見ると何をやっているのかがよく分からないものであると思うからであります。当事者にとっては意味のあることでも、外部から見る限りそれが分からないものなのであります。従って、第三者にも理解してもらえるためには説明をしていかなければならないわけであります。
では、以上を踏まえて、S氏のケースに入りましょう。まず、面接開始までの経緯から示そうと思います。
(面接開始まで)
(1)S氏は予約の電話をかけてきました。彼は「カウンセリングをしてくれ」といった頼み方をしたのでした。
(2)声の感じからすると、非常に男らしい感じがしました。太い声で、幾分勢いがある感じがしました。だからと言って粗野というわけではなく、礼儀もわきまえているようであります。
(3)私は結構ですよと答え、日時を決め、予約を取りました。が、その後続けて「予定が悪くなったらキャンセルしてもいいか」と尋ねてきます。その場合は事前に連絡くださいと私は伝えます。彼は了承しました。
以上が予約時の情景であります。
(4)面接はそれからおよそ一週間後に実現しました。キャンセルされることなく、予約の日時に彼は訪れたのでした。ドアにノックがあり、私が開けると精悍そうな男性が立っていました。細身でしたが、筋肉質な体つきをしているように思いました。簡単に紹介して、私は彼を室内に招きます。その時に、「電話でキャンセルのことを話されたのでどうなることかと思っていました。予定は大丈夫でしたか」と問いかけます。彼は「仕事が不安定なのでどうなるかと思った。でも、なんとかなった」という話をされます。
(5)席に着いてもらうと、「面接申込用紙」の記入をS氏にお願いしました。氏名はS、男性、30代後半、連絡先には携帯電話の番号が記されています。ただし、住所欄は空白でした。「住所を書かないといけませんか」と彼は問うので、大体でいいですよと私は答えます。彼はたんに「市内」とだけ記入しました。
(6)私も着席し、自己紹介をします。この時、あらためてS氏をよく見ました。最初は気づかなかったけれど、どこか横柄そうな態度が感じられていました。私が話している間も、書架の方に目を転じたりして、どこか集中を欠いているという印象を受けました。
(7)あまり書架に眼をやるので、私が「何か気になりますか」と尋ねたのです。「いえ、本がいっぱいあるなあと思って」と彼は答えます。
(8)私は説明を続けます。最後に録音の許可をお願いした時には、彼は少し困惑したようでした。そして、「何のために録音するのだ」と尋ねます。私は録音の目的を話します。他の人がこれを聴くことはないと説得して、ようやく「それなら」と録音を許可してくれました。
ここから面接開始となりましたが、ここで一区切りつけようと思います。
次ページではここまでの経緯に関して説明を設けたいと思います。
(文責:寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)