4月4日:ミステリバカにクスリなし~『夜の旅その他の旅』(2) 

4月4日(火):ミステリバカにクスリなし~『夜の旅その他の旅』(2) 

 

 チャールズ・ボーモントの短編集『夜の旅その他の旅』の続き。今回は6話から10話までの5話を読む。 

 

(6)「お父さん、なつかしいお父さん」(Father,Dear Father) 

 ポレット氏は37年間も一つの研究に没頭し続けてきた。タイムマシンの発明である。ひょんなことからタイムマシンが完成してしまう。彼はある目的のために、過去のある時点に行く。父親を殺すためである。父親を殺せばポレット氏自身も存在できなくなるではないかという反論に見向きもせず、彼は父殺しを実行する。過去に戻って父親を殺しても、彼の存在は消滅しない、そのことも証明できたかに思われたが。 

 なんとも皮肉な結末だ。しかし、どうして父親が彼にやたらと厳しかったのか、そのことも腑に落ちる。自分に関することであっても、本人も知らないことがあるものだ。 

 

(7)「夢と偶然と」(Perchance toDream) 

 精神科医の診察を受けるホール。彼は不眠症であり、ずっと寝ていないという。彼は心臓が悪く、身体的にも精神的にもショックには耐えられない。しかし、夢でスリル満点のジェットコースターに乗せようとする女が登場する。その女に寿命が縮められる。今度その女が登場したら自分の心臓は持たないのではないかと不安で、そのためにずっと起きているのだとホールは言う。その時、診察室に入ってきた女、精神科医の秘書だという女だが、一目見た途端ホールは驚愕する。夢の中の女だ。 

 結果的にホールは死んでしまう。その夢の女に殺された形だが、精神科医たちにはその真相が不明のままである。 

 

(8)「淑女のための唄」(Song for a Lady) 

 新婚旅行にレディ・アン号を選んだ夫婦。レディ・アン号は長年航海し続けた客船で、今回が最後の航海になるという。そういう船を敢えて選んだのだが、レディ・アン号の客たちは彼らの乗船を認めようとしない。なんとか下船させようと手を尽くす。それでも意地でもレディ・アン号の乗客となった二人。見ると、他の旅客たちはすべて年寄りばかりだった。若者は一人も乗船していない。やがて数人の乗客が新婚夫婦に話しかけるようになる。この年寄りたちは、かつてレディ・アン号で新婚旅行した人たちである。船が最後の航海になるということで、最後にもう一度同号で航海したいと願った人たちなのだった。新婚夫婦は、かつて新婚だった人たちとレディ・アン号と共に過ごし、そしていよいよレディ・アン号との別れを迎えることになる。 

 しみじみとしたノスタルジックな一篇だった。レディ・アン号の最後は壮絶なもので、彼らは彼女(船のこと)を爆破し、海に沈めてしまう。これは象徴的だと僕は感じた。過去を過去に位置づけ、過去に一つのケリをつけるとはこのような作業なのだと僕は思うのだ。 

 

(9)「引金」(The Trigger) 

 ブラッカー警部に依頼されて事件現場に訪れたアイブズ。アイブズは半分探偵のような仕事をしている男である。事件とは、裕福で、社会的にも成功したとみなされるような人物が動機不明の自殺を遂げたというものだ。それだけではなく、この数か月で4件も同じような自殺事件が発生しているという。自殺した人はすべて社会的成功者である。彼らはなぜ自殺したのか、その動機がどうしても見つからない。ただ、この自殺者たちはあるクラブに所属しているという共通点があった。 

 本書において推理小説風の作品は本編のみだ。人にはそれぞれ過去の何かがあり、それは普段は心の奥深くに仕舞ってあるものだ。それを巧みに引き上げ、解放するや、それが引金となり自殺してしまうというトリックである。いわゆる催眠による殺人と呼べるようなものである。こういうのは推理小説としてはフェアじゃないかもしれないけれど、心理学なんぞを勉強している僕には興味深く読むことができた。犯人の術策にアイブズ自身もはまってしまうなど、また、同じ術策を今度はアイブズが犯人に仕掛けるなど、凝った描写が印象に残る。 

 

(10)「かりそめの客」(The Guest of Chance) 

 本作はチャド・オリバーとの共作であるとのこと。SFの一篇である。 

 アメリカ大統領トアーズはウンザリしていた。この単調な毎日から解放されたいと願っていた。それは副大統領その他の大臣も同じであった。彼らは毎日の職務に飽き飽きしていたのだ。そんな矢先、ピッツ博士という科学者が大統領に面会を求めてきた。彼は人類の福祉に貢献する大発明をしたという。スペースマシンと名付けられたその発明品は人間の精神力を原動力にして、宇宙空間を自在に旅することができるという。トアーズ大統領はこのアイデアに飛びついた。一年後、莫大な国費をかけて完成したスペースマシン。そのお披露目と来た。大統領たちはいよいよ自分たちが自由になれると胸を躍らせる。こんなバカげた発明品に膨大な国費をかけたとなれば失脚すること間違いなしだからだ。ところがピッツ博士が精神力をふり絞るとスペースマシンは宙に浮いて、宇宙空間へと旅立ってしまう。 

 皮肉な結末が訪れる。この世界ではSF分野でお馴染みのものが実現されてしまうようだ。そのために大統領が失脚できなくなるというのは皮肉を通り越して悲劇でもある。素晴らしい未来や発明品で苦しむ人も現れるわけだ。 

 

 以上第6話から第10話までを読んだどれも捨てがたい魅力があり、読み始めるとひきこまれてしまう。語りが上手なのだろうと思う。 

 

寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー) 

 

 

 

 

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