4月4日:ミステリバカにクスリなし~『夜の旅その他の旅』(3) 

4月4日(火):ミステリバカにクスリなし~『夜の旅その他の旅』(3) 

 

 チャールズ・ボーモントの『夢の旅その他の旅』より、第11話から第15話までを読む。 

 

(11)「性愛教授」(The Love Master) 

 不感症の女を何人も治療してきた性愛の専門家サルバドーリを訪れたカビスン。サルバドーリは性の極意を教授していくが、どうしても妻の不感症は治らない、とカビスン。あの手この手を伝授していくが、カビスンの妻ビアトリスには通用しない。ついにこの性愛専門家、自身の専門家としてのプライドから、これまで決してしなかったことをする。出張治療することにしたのだ。カビスンたちの寝室に潜み込み、ビアトリスに性の手ほどきをするのだが。 

 性愛の方法とか秘儀の名前が面白い。「中国のフリップ」、「酔いどれの爬虫類」から始まり、秘伝34番「二重切り返し、反動応用のタスマニア人殺し」なんて一体どんな技なんだと笑ってしまう。「ベルギーの回転木馬」(51番)「ローマの時」(60番)も効果がなく、ついに世界で二人しかマスターしていないという秘儀100番を実践するという。この100番は危険極まりないもので、「ニトログリセリンの入った容器を三才の児童に預けるようなもの」であるらしい。どんな仰々しい名前がついているのか知りたいところである。 

 

(12)「人里離れた死」(A Death in the Country) 

 バックは車を運転し続ける。レースに出場するためだ。レーサーとしては高齢であり、車も古い。仲間は引退したか死んだ。それでも食うためには稼がなければならない。レース会場に着く。雨で地面がぬかるんでいる。コンディションは良くない。参加者には新式の車に乗っている者もいる。バックは若い参加者のトミー・リンデンと知り合う。トミーは36番の車をマークしているので、協力しほしいとバックに頼む。そうこうするうちにレースが始まる。 

 結果、バックは3位に入り350ドルを稼ぐ。一方、若いトミーは事故で命を落としてしまう、若い恋人を残して。この無情観はなんだろうと思ってしまう。若くて将来もあり、野望や理想もあり、恋人もあるトミーのような人間が、名を上げることもなく、人里離れた田舎のレース場で人生を終えてしまうのだ。バックはなんとか食いつなぐことができたものの、稼いだのは350ドルだ。損得のなんと不公平なことか。 

 

 

(13)「隣人たち」(The Neighbors) 

 ピストルを片手に、マイルスは窓際に立ち構えていた。ここに来てからすでに二度の嫌がらせや脅迫を受けている。そして、今度もまた何者かが石を投げ込んできた。石にはやはり脅迫状が。すぐに出ていかなければ今度は手榴弾を投げるぞ、と。マイルズは思う。やはり兄が正しかったのだ、と。白人の町に黒人が住んだらどんなことになるか、兄が正しかったのだ。マイルズは危険を察して妻と子供を非難させようとする。ところが近所の白人たちが結束してマイルズ宅へ向かってくるのが見える。 

 黒人差別を黒人側から描く。いわれもない脅迫を受け、恐怖に慄くマイルズであったが、最後は隣人たちとの誤解も溶け、和解する。緊張感が高まったあとのハッピーエンドは、読んでいて安心感が回復する感じを受けるし、そこにカタルシスがある。ホッとする一篇だ。 

 

(14)「叫ぶ男」(The Howling Man) 

 ヨーロッパを一人旅していたアメリカ人のエリントンは、ドイツに差し掛かると衰弱のために倒れてしまう。聖ウルフラン僧院にて手厚い看護を受け、彼の体は回復したが、男の叫ぶ声だけは聞こえる。彼が尋ねても、修道士たちはそんな声は聞こえないという。歩けるまで回復した彼は、ある夜、叫ぶ声の方へと廊下を歩いていく。一つの部屋から声が聞こえる。そこには男が幽閉されていた。5年もここに閉じ込められているという。修道長から鍵を奪ってほしいとエリントンは頼まれるが、そこに修道長が現れ、エリントンを連れていく。修道長もまたそんな声はしないし、その部屋には誰もいないなどと言って、その男の存在を認めようとしない。執拗に問いただして、修道長が語るところでは、彼らは一人の悪魔をつかまえて閉じ込めたのだという。おかげでこの5年間は平和な世界がもたらされているのだという。だがエリントンはその男を解放してしまう。その後、ドイツにヒトラーという新しい悪魔が生まれた。 

 一人の悪魔が世界を苦しめ、そして一人の普通の男がその悪魔を解き放ってしまうというのは、なかなか怖い話だ。悪魔と戦った修道士たちの言葉が一番正しかったようだ。 

 

(15)「夜の旅」(Night Ride) 

 その夜、マックスとディーグは理想のピアニストを見つけた。デイビッド・グリーンである。彼らはグリーンを自分たちのバンドに招く。グリーンの演奏は見事で偉大だった。彼のピアノは聴衆を魅了し、バンドの人気も上昇する。しかし、グリーンには忘れがたい過去があった。妻を失った経験があるのである。同じようにディーグにも過去がある。女の子を自動車事故で死なせてしまったのだ。その他のメンバーもそれぞれ引きずっているものや抱えているものがある。マックスはいつも彼らの相談相手だった。そんなある時、グリーンのファンの女の子がグリーンに近づいてきて、彼らは交際を始める。その時からバンドの演奏の質が落ち始めた。バンドにとっては危機である。リーダーであるマックスはこの危機を脱するために策を練るが、それが裏目に出て悲劇的な結末を迎える。 

 ジャズ好きなら楽しめる一篇だ。ジャズは「敗残者」の音楽だ、という信念を持つマックス。そのため、ジャズを演奏する人間は「敗残者」でいつづけなければならないというわけだ。それにしても、ジャズが敗残者の音楽とはね、案外的を射ているかもとも思う。 

 グリーンの演奏の描写が優れている。ちょっと引用しよう。 

 「『セント・ジェイムズ・インファーマリ』は蜘蛛や蛇がうじゃうじゃしている屋根裏から出てくるみたいだし、『ビル・ベイリー』ときたら、あっさり女を捨てちまう与太者みたいだ。次の『スターダスト』は、びっこが道を横切るのに手を貸してやるボーイスカウトの少年といったところ。次の『スイート・ジョージア・ブラウン』となると、どうだったと思う?病みあがりの泥棒が、もう稼ぐ気力もなくなったという図さ。」 

 ここまで「敗残者」ぶりを強調しなくてもよさそうなものだけれど、一体、どんな演奏なのか興味を掻き立てられてしまう。与太者みたいな『ビル・ベイリー』など、是非聴いてみたい。  

 

 以上本初収録15話を読んだことになる。内容は多岐に渡る。ミステリ風の作品もあれば、SF風の作品もある。とてもシリアスな作品もあれば、ユーモアや皮肉に満ちた作品もある。バラエティに富んだ内容となっている。 

 一作一作に世界があり、登場人物の置かれている状況がある。僕が日常で経験しない状況であればあるほど、僕は興味深く読んでしまう。違った世界に生きる人たち、僕が経験することのない状況を生きる人たち、彼らの体験を僕もヴァーチャルで体験している気分になる。 

 さて、本書の唯我独断的読書評は断然5つ星である。僕のお気に入りの一冊になっている。 

 

<テキスト> 

『夜の旅その他の旅』(Night Ride And Other Journeys)チャールズ・ボーモント著(1960年) 

 小笠原豊樹訳 早川書房 異色作家短編集4 

 

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー) 

 

 

 

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