3月13日:ミステリバカにクスリなし~『われらがボス』 

3月13日(月):ミステリバカにクスリなし~『われらがボス』 

 

 引き続き、エド・マクベインの87分署シリーズより、今日は1973年刊行の『われらがボス』をチョイス。中学生時代に読んだ時は面白味をまったく感じなかったという作品だ。 

 

 冬のアイソラ。工事現場の溝から6人の射殺死体が発見される。女が二人、さらに一人は赤ん坊であった。 

 新聞に載った6人の被害者の顔写真を見て、そのうちの一人を知っているという女が87分署に現れる。その一人は弟のアンドリュー・キングスリーであることが、姉のフィリスの証言で明らかになるが、一体、演劇家のアンドリューはどうして事件に巻き込まれたのだろうか。 

 さらに、被害者の身元を知っているという通報が入る。他の5人は、町の愚連隊である「死人の首」(以下、「首」)と「赤い復讐天使」(以下、「赤」)の会長たちであると言う。通報したのは、「ヤンキー反乱隊」(以下、「ヤンキー」)に属する女ミッジである。 

 事件は愚連隊たちの三つ巴の抗争の様相を帯びてくる。 

 ミッジも殺され、その恋人であったジョニーも殺される。一つ一つの事件を追うスティーブ・キャレラとバート・クリングの両刑事。管轄を超えて大がかりな捜査へと発展していく。 

 刑事たちの捜査並びに事件を描き、それと並行して「ヤンキー」の会長であるランドールの供述が挿入される。事件や出来事と彼の供述とが同時進行する。この辺り、映画的でもある。 

 最後、ランドールは、抗争にケリをつけて、町の真の平和のために、「首」と「赤」に突撃していく。愚連隊どうしの全面戦争の始まりである。しかし、この戦いは誰が勝ったのか不明である。読後、なにか空しい気分に僕はなった。 

 

 さて、87分署シリーズであるが、これは警察の活動を描いた普通小説であって、僕は推理小説とはみなしていない。普通小説としては面白いが、ミステリとしては不合格なところも多々ある。 

 本作では、推理要素がかなり少ない。刑事たちの動きで読ませるのであるが、その動きもランドールの供述が先取りすることもある。どうも、この同時進行はミステリとしては不利な構成であるような気がしている。あくまでも僕の個人的感想だ。 

 しかしながら、ランドールの供述は愚連隊のボスを描くという目的(そういう目的があるとすれば)で挿入されているのであるなら、その目的は十分達していると思う。著者は、刑事の活躍以上に、愚連隊のボスを描きたかったのではないか、と僕は思うわけである。 

 実際、『暴力教室』の作者であるだけに、愚連隊を描く筆が巧みというか、生き生きしているようにも感じられてくる。 

 愚連隊は自分たちのルールを有したコミュニティを形成している。掟に厳しいのはマフィア譲りなのかもしれない。ランドールは自分があくまでもボスであることにこだわりがあるようだ。ボスとして、冷静であり、決断すべきところは決断し、厳しくするところでは厳しく振舞うが、他の場面では部下に誇りを持たせたるよう気を配ったりもする。なんとなく、愚連隊を率いたいということよりも、ボスをやりたいみたいな印象を僕は受けるのである。 

 そして、こういう形でしか人の上に立つことができない若者たち、並びに、そのような世界を、本作では描いているのではないか、という気もしてくる。そして、ボスであり続けること、部下の尊敬を集め続けることなど、誰にもそれができない世界なのだ。一たび、下層階級に生まれつくと、愚連隊のトップになる以外、人の上に立つことなんてできないのだ。とても非情であり、また無情な世界であるように僕には感じられる。それが大都会アイソラ(本当はきっとニューヨーク)なのだ。この大都会が本書のもう一つの主人公であるかもしれない。 

 

 その他、僕の好きなマイヤー・マイヤーは本作では脇役である。捜査に直接関わらず、作家と面会したり、大学で講演したりする。 

 妻クレアの死を経験したバート・クリングは、本作でオーガスタ・ブレアーと婚約する。結婚を申し込もうとする瞬間にも電話に呼び出されるという刑事の現実を描きながらも、本作では心温まる一シーンだった。 

 また、目の不自由な人には寛大に振舞えるけれど、耳の不自由な人にはイライラさせられるというのは、確かにそうだなという気がした。そうそうキャレラの奥さんは聴覚障害者だったな。思い出したよ。 

 

 本作は1973年刊行である。どういう時代だったか。『ゴッドファーザー』がヒットしてた時代だ。ある意味、87分署版「ゴッドファーザー」という観がないこともない。本作では愚連隊だけれど、やってることはマフィアと変わらん気もするので、作者もどこかヒットや流行を意識して本作を書いたのだろうか。 

 

 さて、本作の評価をどうするかな。内容は悪くないんだけれど、僕の好みにも合わないし、推理小説として評価するのか普通小説として評価するのかで評価も変わってきそうだ。 

 普通小説としては4つ星だ。推理小説としては3つ星だ。それを僕の唯我独断的読書評としよう。。 

 

<テキスト> 

『われらがボス』(Hail to the Chief)エド・マクベイン(1973) 

井上一夫訳 ハヤカワミステリ文庫 

 

(寺戸順司-高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー) 

 

 

 

 

 

 

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