3月12日(日):ミステリバカにクスリなし~『通り魔』
エド・マクベインの87分署シリーズの第2作目作品。
アイソラの街に夜な夜な現れる通り魔。独り歩きの女性を襲い、金品を奪うのだが、「クリフォードはお礼を申します、マダム」とお辞儀をするという変わった通り魔である。
この日も被害に遭った女性から報告を受ける87分署の面々。大都会に潜む、一人のクリフォードを探し求めて捜査を始める。
その頃、パトロール警官バート・クリングは休職中であった。銃で撃たれ、その治療のためである。早く職場復帰したいと悶々とする中、学生時代の旧友ピートが尋ねてくる。
旧友は義妹ジェニーの素行がよろしくなくて、妻でありジェニーの姉が非常に心配しているという。そこでバートからジェニーに説教してくれれば妻の機嫌もおさまるからと旧友は頼む。
一度は断ったバートだったが、気が変わって、旧友の依頼を受けることに。17歳のジェニーには確かに秘密があるようだった。しかし、その夜、外出した彼女は帰らぬ人となってしまった。
通り魔クリフォードはついに殺人を犯したのか。87分署の刑事たちは、あの手この手を使ってクリフォードを割り出そうとする。有力な情報を得て、疑わしい人物に接触するも、そいつはクリフォードではなかった。また、婦警を使って囮捜査までするも、クリフォードは捕まらない。
犯行を重ねるクリフォード。手がかりとなった一つのマッチ箱だけを頼りに刑事たちは捜査を続ける。一方、バートは殺人課から脅され、ジェニー殺しの捜査を断念しなければならなくなる。
大都会で一人の人間を見つけることがどれほどたいへんなことかと思い至る。クリフォード逮捕の場面では、刑事はなかなか粋なことをやる。マッチ箱一つを手がかりに犯人に行く着くというのは、出来過ぎた話のように聞こえるかもしれないけれど、案外、そういうことも起きるかもしれない。
なにしろ、本作(87分署シリーズ)は、舞台となった都会こそ架空のものであるが、警察の捜査は現実のものである、と毎回冒頭に記してあるくらいだから、そういうことも現実にあるかもしれない。
そして、リアルを追求する姿勢は、例えば指紋の標本とか、各種の記録用紙、報告書の類を掲載するなど、かなり徹底している。小説の読者からすれば煩わしいだけのものなのだけれど。
情報屋から情報を仕入れて、賭博場に潜入するバート。このサイコロのゲームが良く分からない。ルールを知っていれば面白く読めるのかもしれないけれど、何がどうなったのやらよく分からないまま、アクションにつながっていく。
また、モノを奪うなら女を標的にしないという被疑者のコトバも印象的だ。女を襲ったというだけで、婦女暴行の容疑がついてくるというのは、なるほどと思った。物盗りでも、女を襲ったというだけで余計な嫌疑が加わってくるのだな。
さて、この87分署シリーズであるが、僕はこれを推理小説とはみなさない。確かに面白く、エンターテイメントであるが、刑事たちを主人公にした普通小説だとみなしている。
本作では通り魔クリフォードの事件がある。そしてジェニー殺害事件がある。加えて、作中の随所で言及されているネコ泥棒のエピソードがある。三つ目のものは飼い猫ばかりが盗まれるという事件である。最後にはそれぞれが解決されるのだけれど、それぞれの解決が個別に用意されているのである。
つまり、事件Aには解決Aが、事件Bには解決Bが、事件Cには解決Cが、それぞれ用意されているわけだ。これは推理小説ではないのである。推理小説であるなら、事件A,事件B,事件Cが絡み合って、一つの解決Xに行き着かなければならない。
実は、これはエラリー・クイーンが指摘しているものであって、僕も賛成である。だから、マクベインはイージーな創作をしているのである。
ただし、それは推理小説として見た場合の話である。普通小説あるいはエンターテインメント小説として見た場合、それは欠点とは言えなくなる。87分署シリーズは確かに面白い。このシリーズを擁護したいので、僕は推理小説とみなさないことにしているわけだ。
さて、本作は僕が中学生の時に読んだものだ。中学時代に87分署シリーズと出会い、中学を卒業する以前に87分署シリーズを僕は卒業した。短期間だけハマったわけだ。今回、87分署シリーズも処分しようかいなと思っている。その前に、もう一度読んでおこうと思い、今回、読んだ。中学時代の記憶がよみがえるかと思いきや、そうでもなかった。唯一、メモの筆跡のトリックだけは覚えていた(このトリックは酔いどれ探偵ものでも再使用されていたと思う)。それ以外はまるで初読の感じだった。つまり、印象に残っていないということなのだ。
実際、スティーブ・キャレラが登場しないというのも改めて知った。そうだったかいな、と思った。キャレラは新婚旅行で不在という設定だ。
その代わり、バート・クリングの活躍が目覚ましい。本作で彼はパトロール警官から昇進して刑事になる。また、恋人のクレア・タウンゼントと出会うのも本作だ。後に、『クレアが死んでいる』でクレアと死別することになるバート。『われらがボス』で新しい恋人と婚約するバートだが、『命果てるまで』でその恋人も危険な目に遭うなど、バートはつくづく女運がなさそうである。新婚旅行を堪能してきたキャレラとは対照的という感じがしないでもない。
では、本作の唯我独断的読書評を。推理小説としてではなく、エンターテインメント小説としては、4つ星くらい進呈してもよかろう。物語の展開はスマートで、一人一人の刑事も個性的だ。面白い小説を読んだという気持ちになる。
<テキスト>
『通り魔』(The Mugger)エド・マクベイン著(1955年)
早川ミステリ文庫
(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)