5月6日:書架より~『EQMM―5号』 

5月6日(月)書架より~『EQMM―5号』 

 

「100%プラン」(The Perfect Plan)―ジェイムズ・ヒルトン 

 ヒルトンと言えば『チップス先生さようなら』などの純文学作品で有名だが、長編一作と複数の短編の推理小説も書いている。僕の読んだ範囲では割と良質のミステリーを書いているという印象がある。本作もなかなかいい。 

 秘書がその雇い主である金満家を殺害する一抹を描いている。それは完璧な犯罪計画だった。人知れず雇い主を殺害し、尚且つ、完璧なアリバイ工作をする。犯罪計画は無事に遂行されたのだが、思わぬ落とし穴が秘書を見舞う。その落とし穴とは、秘書自身の心である。彼は自分の心に裏切られるのだ。でも、僕は読んでいて、そこにこの秘書の良心を見る思いがした。 

 

「黒い子猫」(The Black Kitten)―A・H・Z・カー 

 本号の中で僕が一番気に入った作品だ。 

 主人公は男やもめの牧師である。小さな娘が一人いる。彼の書斎で娘の可愛がっている黒猫が瀕死の状態で発見される。彼は娘にショックを与えないように、娘に知られないようにこの黒猫を処分しようとするが、運悪く、娘にその現場を見られてしまう。娘は父親が黒猫を殺したのだと早合点し、パニックになる。この辺りは痛々しいほどの描写が続く。しかしながら、この黒猫の死に対して、彼が動揺する理由が後で仄めかされる。それは牧師の中にある悪であり、その悪が彼を苦しめているのだということが窺われる。 

 

「味」(Taste)―ロアルド・ダール 

 この作品はダールの短編集『あなたに似た人』で読んだことがある。同書では賭け事に興じる人たちの作品が幾つか含まれているが、本作もまた賭け事の話である。面白い話である。 

 晩餐の席で、そのワインがどこの産地かを当てるという賭けをする。美食家はホストの娘を要求し、ホストは美食家の二軒の家を要求する。一旦、賭け始めたら、二人とも後には引けなくなる。おまけに周囲はこういう賭け事を止めるように説得するが、結局、彼らもまた賭け事のスリルに巻き込まれてしまう。この辺りの描写が素晴らしくて、読んでいる側も思わず引き込まれてしまう。結局、この賭け事、美食家のインチキが判明する所で終わり、その後、どのような事態になるかを隠している。あとは読者の想像に任せる形であるが、それがいいと思った。 

 

「一度でたくさん」(Once is Once Too Many)―アントニー・ギルバート 

 過労で休息を勧められた弁護士がツアーに参加する。そこで知り合った夫婦に、彼は犯罪の匂いを嗅ぎ取る。 

 本作が面白いのは、ずっと夫が妻を殺害しようと企んでいるように見せかけて、実は、妻の方が夫殺しを企んでいたという展開である。でも、僕の個人的な評価では、いささか凡作ぎみだ。ツアー中に主人公がこの夫婦を見失うなど、若干、消化不良を起こした箇所がある。 

 

「匿された金」(Cold Money)―エラリー・クイーン 

 クイーンは長編は素晴らしいが、短編は物足りないものが多い。特に中期以後はそうである。本作も、自身の編集する雑誌の穴埋め的な感じがしてしまうのだ。 

 物語は給料強盗を働いた男を中心に展開される。刑期を終えた犯人は、隠した金を取りに行くだろうと予測されていた。しかし、ホテルの一室で彼は死んでしまい、また、隠したはずの金も見つからない。何者かが奪っていったようである。でも、ホテルには他に誰も入っていないということが確認されている。エラリ―はある証拠から、一人だけこの部屋に入ることができた人間を推理する。 

 

「髪ひとすじ」(By a Single Hair)―ニック・カーター 

 ニック・カーターとは、19世紀終わりから20世紀にかけてアメリカで広く読まれた主人公の名前である。特定の作者がいるわけではなく、いろんな人がニック・カーターの物語を書いていった。その数は一千冊にも上ると言う。 

 本作は短編で、女子寮で起きた殺人事件のためにニックが依頼を受ける。現場に残された一本の髪の毛を手がかりに、犯人を推理する。推理あり、お得意の変装あり、活劇あり、恋愛ありと、内容が濃く、テンポがものすごく速い。現代のミステリに慣れている人からすれば、単純で、一本調子に見えるかもしれないし、物足りないと思うかもしれないけれど、この展開の早さは爽快で小気味いい。 

 

「冷蔵庫の中の赤ん坊」(The Baby in The Ice Box)―ジェイムズ・M・ケイン 

 先のニック・カーターの短編がアメリカの健全な陽の部分で、善だったのとは対照的に、これは陰の部分を感じさせる作品だ。『郵便配達は二度ベルを鳴らす』の原型のような作品。 

 猫や虎を集めて金儲けしようと企む夫婦が登場する。語り手は彼らの友人だが、彼らの生活圏に違和感なく入り込んでいる。夫は妻を殺そうとして飢えた虎を放つ。妻は虎から子供を守るために、幼児を冷蔵庫の中に隠す。夫の計画は失敗するが、殺そうと企む夫とそれを知っている妻が淡々と会話を交わす辺りは、読んでいて恐ろしい。その後、悲劇が起きて、家は全焼してしまうが、冷蔵庫の中の赤ん坊はその中で助かる。これがタイトルにもなっているわけだけど、人間的な環境では人はお互いに騙し合い、殺し合いをし、冷蔵庫のような非人間的な環境に身を置かなければ生き残れないということなのか。 

 

「耳飾り」(The Earring)―ウィリアム・アイリッシュ 

 アイリッシュ、又は、コーネル・ウールリッチの名前がアンソロジーや雑誌の目次にあると、それだけで僕はワクワクしてしまう。それだけ、僕はこの人のミステリーに惚れ込んでいるのだ。 

 本作の主人公は女性である。彼女は恐喝されていて、恐喝者に金を渡してきたところだ。夫に知られないようにしなくてはならない。家に戻った彼女は、片方のイヤリングを失っていることに気づく。恐喝者の所で落としたのに違いない。彼女は人知れず恐喝者の所へ戻る。そこで彼女は恐喝者の射殺死体に遭遇する。その時、恐喝者からさらに金を奪い取ろうとする悪党が入ってくる。彼女は命からがら逃走する。 

 この展開はまさにアイリッシュさながらのものである。こうして彼女は犯罪に巻き込まれて、危機に陥れられてしまうのだ。もちろん、解決はある。それも意外な解決が用意されているのだけれど、結末よりも、危機的状況に巻き込まれた人の心理描写がとても魅力的だと僕は感じている。 

 

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー 

 

 

 

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