4月19日:吉野家発言

4月19日(火):吉野家発言

 

 牛丼の吉野家のマーケティング部長みたいな人の不適切発言が朝のワイドショーで取り上げられていた。この部長がセミナーかなんかの場でその発言が飛び出したらしい。以下、この部長を「講師」と呼んでおこう。この発言をセミナー出席者の一人がSNSかなんかでアップしたようで、そこから波紋が広がったといういきさつらしい。アップした人を以下「投稿者」と呼んでおこう。

 投稿者を疑うとかいうわけではないけれど、公正に判断しようと思えば、講師が現実にどういうことを言ったのかを正確に知りたいと思う。録音されていれば当該箇所の書き起こしをしてほしいところである。投稿者の聞き違いの部分だってあるかもしれないからである。

 しかし、一応、投稿者の言うことを信じよう。この講師は次のようなことを言ったらしい。田舎から出てきたばかりの無垢で右も左も分からない生娘を牛丼に溺れさせてしまおうと、男に高級な料理をおごってもらうようになると、その味に馴染んでしまって吉野家に来なくなるから、などという内容である。

 ワイドショーではこの発言に関して町行く人々にインタビューしていた。女性蔑視であるとか時代錯誤であるとか、さまざまな意見が飛び出していた。僕が思うに、インタビューを受けた人たちもこの発言の何が不愉快なのかがあまり把握できていないのかもしれない。

 プレコックス感情というものがある。これは精神病者を前にした時に精神科医が感じるゾッとするような感情のことである。その病者と対面した時に異質の何かを感じ取ってしまうのである。その時に医師の側に生じる感情体験のことである。

 僕が思うに、一般の人たちも、講師のその問題発言を聞いて、プレコックス感情に近い感情体験をされているのではないだろうか。不愉快で異質な何かを感じ取っているのに、それが何なのか分からないといった体験であり、どこかゾッとするような感情体験をしているのではないだろうか。

 実を言うと、僕もそれを言葉にできない。漠然とした言い回ししかできないのだ。あの講師の問題発言は分裂病思考に近いものを僕は感じていて、そこには共人間的感覚が大きく失われているという感じを受けている。だから極めて自閉的思考であるという印象を受けている。

 共人間的感覚が失われるといっても、それは何なのかということになると言いようがない。何というか、「人間らしさ」とか「人間性」とかいった言葉でしか表現できないようなものである。そういうものの喪失している感じを、僕はあの講師の発言から感じ取っている。あくまでも僕の個人的な印象に過ぎないのであるが。

 では、どうしてそのようなもの、つまり人間性とか人間らしさというものが失われるのかということになると、さらに説明が困難である。まず、感情が損なわれると僕は思っている。つまり、人間らしい感情が失われるか鈍磨するというわけである。感情が失われる分、思考だけが先行することになる。その思考は感情を伴わないので極めて機械的な思想になる。

 インタビューを受けた人の中には、発言する前によく考えて言葉を選ぶべきだといった意見を出した人もあった。まず、そういうことができなくなっていると考えた方が良い。言葉を選ぶということは、相手の感情を考慮してということになるからだ。感情そのものが鈍磨ないし喪失しているのであれば、相手の感情を考慮することは不可能だと僕は思っている。

 あの講師がどういう人であるかが分からないので何とも言えないのであるが、おそらく、彼の人生のどこかで精神的に圧倒されるような体験をしたのではないかと思うのだ。だから、若いころは優秀であったかもしれないが、その後、どこかで慢性的に悪化してきたのかもしれない。病的な思考をするからといってその人が病気であるとは断言できないのであるが、精神的に苦しい時代がその講師にはあったのかもしれない。

 まあ、個人のことは取り上げないようにしよう。あくまであの発言に留まろう。講師の発言は、僕が思うに、若い娘さんにも吉野家の味に親しんでほしいということなのだろう。他に美味しいものを食べるようになっても吉野家に戻ってきてほしいということなのではないだろうか。では、若い娘さんにも来店していただいて、リピーターになってもらうためにはどういうことをしたらいいだろうか、そういう話であれば何も問題は起きなかったはずだと思う。

 こういう内容に剥き出しの攻撃衝動が紛れ込んでくるのでけったいな内容になってしまったのだと思う。エス衝動や無意識の観念が容易に意識野に入り込んでくるとすれば、それだけ自我機能が低下しているということになるので、やはり病的な状態にある人であるという印象を僕は受けてしまうのだ。

 朝、ワイドショーでそのニュースを見て、夜帰宅後に見たニュースでは、その講師が懲戒処分になったとかいった話を耳にした。ずいぶん急な展開だなと思った。あの講師、案外、吉野家社内でも問題のある人と見られていたのかもしれない。

 

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)

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