5月26日:唯我独断的独読書評~『グリーン家殺人事件』

5月26日(木):唯我独断的独読書評~『グリーン家殺人事件』(ヴァン・ダイン著) 

 

 中学生の時に一度読んだきりの本書だが、20年後に読み返してみて、やはり面白いと思った(当時ほどの感銘は受けなかったけど)、新たに思うことや気づいたこともあった。 

 ヴァン・ダインという人は、けっこう強迫的で几帳面な人だったんじゃないかと思う。そう言えば、彼は数にこだわっていたように思う。最初、彼は推理小説を3冊だけ書くと宣言した。しかし、この3冊が好評だったので、その倍の6冊で推理小説を終えると決める。半ダースというのは切りのいい数字だと本人も言っている。ところが、結局はその倍である12冊の推理小説を書くことになったのだ。 

 本書でも、僕の勘繰り過ぎかもしれないけど、構成がひどく数学的である。本書では4つの事件が起きるのだけど、最初の事件に7章割き(1~7)、第2の事件では5章(8~11)、第3の事件で再び7章(12~19)、最後の事件でやはり7章(20~26)という具合に、限りなく均等に配分されている。とても几帳面な人が書いた本であるという印象を受ける。 

 さらに各々の事件は同じような構成で描写される。事件が起きる、警察の捜査が記述される、関係者の尋問が行われる、事件について論じられる。この流れが4回繰り返され、それ以外のパターンはあまり見られない。 

 また、描写は細かく、正確さを極め、見取り図や間取り図が挿入され、あくまでもフェアプレーに徹している感じが伝わってくる。 

 以前読んだ時は、推理小説なので几帳面に書かれているのだろうなどと思ったけど、どうやら著者の性格であるようだ。 

 

 さて、14歳の時に一読して、僕は本作にノックアウトされてしまった。なんて凄い推理小説なんだと感嘆したものだ。30年を経ても、犯人が誰であるかを覚えている。その上で読み直してみると、犯人がここでこう動くのかと、何かと感動(別の感動だけど)することも多かった。 

 何しろ、この犯人には鉄壁のアリバイがあるのだ。そのために捜査は難航し、第2、第3の惨劇を許してしまうことになる。また、その都度、同じような描写が繰り返されるので、難点を言うと、中盤がちょっとダレるというか、マンネリ感を覚える。探偵のファイロ・ヴァンスの推理や言動も、どこかキレがないという感じがしてしまう。それだけ難しい事件であるということなのだ。 

 

 いずれにしても、この作品は僕の推理小説人生を変えた一作である。「家族間で起こる殺人事件」というジャンル(僕が勝手に作ったジャンルだけど)にのめり込むきっかけになった作品である。 

 家族間で起こる殺人事件というのは、容疑者の数が限られている上に、一人殺されるごとに容疑者が減っていくわけだ。『そして誰もいなくなった』形式は、これの変奏のようなものだと僕は位置づけている。容疑者が減るほど、読者には犯人の目星がつきやすくなるわけだから、その裏をかくためにさらに優れたトリックが用意されていないといけない。おそらく、書く方にとっても難しいシチュエーションなんじゃないかと思う。 

 

 今回、オッと思ったのは、ヴァンスの次のセリフである。 

「そこを僕は見落としていた。活力だ。この犯罪の底にあるものは、それだ。(中略)これは老人の持っているものではない。この事件にはすみずみまで若さがある」(第22章p364) 

 探偵は、この事件の物的証拠ではなく、事件の性質というか性格、その心理学的な特性を指摘しているのだ。これは現在で言うプロファイルではないだろうか。1928年の作品なのに、ここだけは妙に現代っぽくて、素晴らしい。 

 

 推理小説の暗黙のルールで、あまり内容に触れてはいけないというのがあって(僕が勝手にそう信じている)、そのために詳細にストーリーを書くわけにはいかない。 

 グリーン家はニューヨークに居を構える富豪であり、故トバイアス・グリーンの遺言で、遺産相続のためには25年間この家に住まなければならないことになっている。母親と5人の子供たちは、いがみ合いながら、一つ屋根の下に暮らすことになるのだ。 

 6人の一族と4人の使用人(医者を含めると5人)の各々の対人感情(誰が誰を嫌悪しているとか、誰が誰に好意的であるとか)が錯綜し、グリーン家全体に、ひいては作品全体に緊張感を漲らせる。まず、この雰囲気に僕は引き込まれる。 

 そして、家族が一人、また一人と命を失っていく。家族メンバーが少なくなっていくさまは、あたかも一族の没落を見るような、何とも言えない無常感がある。この作品は、かつての名門グリーン家で起こる連続殺人事件ではなく、栄えあるグリーン家の衰退の物語でもある。僕にはそんなふうにも読める。 

 

 では、最後に、僕の独断的評価だけど、中盤のダレる部分が欠点ではあるが、それでも5つ星を進呈しよう。 

 

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー) 

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