12年目コラム(5)―<臨床心理士資格への嫌悪(続)

 開業して12年目。この間に僕は大学を卒業した。放送大学で勉強し、卒業した。だから一応は心理学系の4年制大学を卒業したのと同等になったわけだ。もしかすると「臨床心理士」の受験資格は満たしているかもしれない。でも、僕は目指さない。
 世の中もおかしなもので、「大学卒」というのはそれ自体一つの「資格」であるはずなのに、これがそれほど意味をなさなくなっている。「大学卒」は「資格を取るための条件」に成り下がっているという感じがする。これは「臨床心理士」以外の領域でもそうである。
 極端な話、心理学系の大学を卒業したのだから、その時点で「心理士」を名乗ってもいいはずである。ところが、「大学卒」だけではまったく信用を得られないのだ。世の中の方もおかしいという感じが僕にはする。

 さて、「臨床心理士」が国家資格になった時に、その資格が市場を独占してしまうのではないかという危機感は、日本臨床心理学会側の主張として、僕も聴いたことがあるし、それには反対したいと思う。
 日本には臨床心理に関する国家資格はなかった。その代わり、様々な学会や団体が独自の資格制度を作っていた。僕が所有する資格もそうしたものだ。
 各学会や団体が独自の資格制度を有し、それによって様々なタイプの有資格者が生まれることになる。どんな資格もその資格の特色というものがあるからだ。これを良しと見るか悪しと見るかは人それぞれ違うだろうと思う。
 もし、いろんなタイプの有資格者のカウンセラーが、いろんな現場にて活躍していけるなら、そしてその全員が共存できるなら、それは素晴らしいことだと思う。僕はそれが理想的な在り方だと思っている。
 しかし、「臨床心理士」がそういう活躍の場を独占するような事態になったらどうなるだろうか。スクールカウンセラーなんかは「臨床心理士」が独占している一例であるが、それがその他の分野でも広がったとしたらどうなるだろう。
 「臨床心理士」を有していなければカウンセリングをしてはいけないなどとなったら、それこそ「臨床心理士」の独壇場になるわけだけど、そのために臨床心理の分野は狭窄してしまうのではないかと思う。「臨床心理士」一色になることは、利点もあれば、おそらく、多くの方面で不利益をもたらすことになるだろうと思う。
 不利益の一つは多様性が認められなくなるという点にあると僕は考える。カウンセリングや臨床心理の分野というのは、意外と師弟制度が根強いのだ。そのカリキュラムにおいて、「教育分析」や「スーパービジョン(SV)」といった制度が生きているのだけど、それはそれで必要であり利点もあるが、これらは言い換えると師弟制度なのだ。
 ここで生じる問題は、弟子がどういう方向に進むかは、その人が出会う師匠によって大部分が決定されてしまうということである。師匠が精神分析畑の人だとすると、弟子は自然と精神分析畑で生きるようになり、その他への移行が難しくなる。けっこう、こういうことが起きるのだ。よほどのことがない限り、精神分析畑の師匠を持った人が行動療法畑に移ったりしないのである。
 もっとも、弟子が進みたい方面を選び、そこでその方面の師匠と出会うわけだから、両者が一致することの方が多いとは思う。ただ、その後の方向転換とかが難しくなるだろうと僕は思うわけだ。
 「臨床心理士」の師匠も「臨床心理士」なのだ。「臨床心理士」のインターン実習は「臨床心理士」の下でなされる。「臨床心理士」という資格もそれ特有のカラーを持つものだと思うので、こうして同じカラーを引き継ぐ人たちが生まれることになる。そして、師匠から受け継いだカラーはそうそう塗り替えることができないものなのだ。偏見かもしれないけれど、僕はそう思う。そうなると、そのお弟子さんの発展も、臨床心理学全体の発展も阻まれてしまうのではないかと、そんなふうにも思う。
 要するに、とても閉鎖的で偏狭だというイメージが僕の中にあるということである。

 振り返ると、高槻で開業した当初、経験を積んだら後継者を育成しようなどと大それたことを考えていたものだ。今はまったくそういうことを考えなくなった。
 もし、僕が弟子を持つとする。その瞬間、僕はそのお弟子さんから多数の選択肢を奪ったことになる。場合によっては、そのお弟子さんの一生を僕が決定してしまったかもしれない。それは僕にとっては物凄く恐ろしいことだ。
 もっとひどい場合になると、弟子が師匠に似てくるということも起きる。転移関係が成立するからである。昔、そういう人を実際に見たことがある。最初はお弟子さんの方を見知っていたのだけど、後日、その人の師匠という人に会った。まあ、物腰から話し方から、いろんな面で師匠にそっくしである。弟子って、ああなるんだなと改めて思った瞬間だった。僕は僕の生き写しのような人を作りたくはない。
 最後は余談になったけれど、資格としての臨床心理士について、もう少し書きたいことがあるので、それは次回のコラムに引き継ぐことにする。

(寺戸順司-高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー

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