5月15日:ミステリバカにクスリなし~『喉切り隊長』
『喉切り隊長』(Captain Cut-Throat)-ジョン・ディクスン・カー(1955)早川書房
~不可能犯罪+スパイ+冒険活劇~
密室・不可能犯罪の大家であるカ―は1930年にデビューして、1950年ころより歴史ミステリーを書くようになった。本書はその歴史ものである。
舞台はナポレオン皇帝の時代のフランス。英仏戦争の真っただ中。フランス軍の陣営に夜な夜な現れる殺人鬼、「喉切り隊長」。歩哨を殺しては、「喉切り隊長」という書置きを残していく。ある時には、煌々と灯される明かりの中、複数の目撃者がいるにもかかわらず、姿を見せずに殺人を犯す神出鬼没の殺人鬼である。この喉切り隊長のため、フランス軍隊は不安におびえ、混乱し、兵士たちの士気が下がる。
この状態を見かねたナポレオン皇帝は、時の警察大臣ジョセフ・フーシェに「7日以内に喉切り隊長を逮捕せよ」と命じる。
人形遣いことフーシェは、この任務を逮捕したイギリスのスパイ、アラン・ヘッバーンに、処刑と引き換えに、押し付ける。妻のマドレーヌも巻き込んで、アランはこの任務を引き受けることになる。
ここまではアランとフーシェ、その他の登場人物たちとの駆け引きが主で、動きが少ない分、いささかダレ気味になる。でも、アランが活動を開始して、人物たちに動きが見られると物語は面白くなっていく。
アランはあっけないくらい簡単に喉切り隊長の手口と犯人を指名する。光の反射を用いたトリックは目新しいものではなく、中盤で謎が解かれるのはどうかと思った。
しかし、それで終わりではないところがミソだ。この犯人は実行犯で、首謀者に使われているに過ぎず、その首謀者が誰かという謎を残す。そして、フランス側の監視下にありながら、期限内に喉切り隊長の逮捕を課せられ、同時にスパイとして必要な情報をイギリス側に送り、そして私怨からアランを追う宿敵シュナイダー中尉と決闘し、さらにあろうことかアランが喉切り隊長の疑いを受けてフランス兵に追われることになる。
こうした冒険性に富んだストーリー展開が痛快である。ただ、ラストで謎が二転三転するのは、いささかやりすぎという感じがしないでもない。個人的には、喉切り隊長の首謀者が明かされ、逮捕されるという推理小説の王道をいくようなラストが良かったと思う。いささか不完全燃焼感が残るラストだと、僕はそう感じた。
初めてカーの小説を読んだのは、僕が中2の頃だった。『三つの棺』が最初だったと思う。本書もその頃に読んだものだ。一度読んで、すっかり忘れてしまい、実に約30年ぶりに読み返した。こういう物語だったのかと、初めて知ったような感じだ。
初盤とラストが個人的には好みに合わないけれど、中盤からラストに至る冒険譚には4つ星を進呈しよう。全体評価は3つ星チョイというところか。
(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)
(追記)
今読み返してみると、けっこう辛口な評価をしているなと思う。けっこうおもしろく読んだ作品なのに3つ星チョイなんて言っているのだから。
(平成29年6月)