3月15日(日):検定試験
今日は「メンタルヘルスマネージメント検定」試験を受けに行った。
この試験勉強そのものは面白くもなんともないが、刺激にはなった。こんなふうに試験を受けに行くという機会がしばらくなかったものだから、懐かしいような気もした。
試験は13時30分から。場所は立命館大学。早めに家を出て、西院駅からバスに乗る予定をしていたが、バス停が人だかりのため、歩いて行く。
西大路通りを北へ上がる。40分ほど歩くと平野神社に着いた。時間もあることだから中に入ってみる。広くて、なかなか立派な神社だと思ったが、参拝はしない。あっちゃこっちゃの神さんを崇めるのは気が引けるからだ。お参りするのは一か所に決めている。
しかし、京都にずっと住んでいながら、ここへは初めて来た。地元にありながら、まだ行ったことのない場所がもっとあるはずで、いつかそういうのを巡ってもいいなと思う。
平野神社を後にして、会場を目指す。そこから10分ほどで到着。この大学に通ったという人を何人か知っているけれど、彼らはいい大学で勉強したんだなと改めて思う。広くて、環境がとてもいい。
さて、僕は試験の2時間前からはテキストを開かないことに決めている。却って焦ってしまうからだ。そして、1時間前には会場に入っておく。僕自身をその場に馴染ませるためだ。こういう試験会場というのは、大抵の場合、初めて来る場所である。だから馴染んでおく。初めて来たという感じが薄れ、いつも来ていた場所だと思えるくらいになっておく。
他の受験生たちはテキストを開いて直前まで勉強する。そういう姿を見ても焦らない、惑わされないこと。それよりも呼吸を整え、リラックスする方が僕には良い。もっと言えば、周りの受験生を見て、「みんな大したことないな、俺の方が上だ」と粋がるくらいが僕にはちょうどいい。その場の空気に呑まれたり、圧倒されてしまうよりも、その方がずっと良い。
試験時間は通常たっぷりある。問題数に対して、あまりカツカツの時間設定はなされていないものだ。だからゆっくり問題を解いていく。できなくても構わない。どんな試験でも3回目までに合格すればよいと僕が考えているからだ。
1回目で合格すれば、それはそれで良いのだが、合格しなくても、試験の感じがどんなものか、実際の試験にはどんな問題が出るのかなど、そこから学ぶことも多いはずで、それらは2回目、3回目の挑戦で役立つ情報だ。
ここから先のことは、僕自身に経験がないのだけれど、もし3回目でも不合格だったとしたらどうするか。4回目をチャレンジしてもいいけれど、僕は少し待つことにする。そして、その試験が本当に僕に必要なものなのか、本当にそれを取得したいと思っているのか、そういうことを自身に問いかけなおすだろう。
それはともかく、試験が終わって、会場を後にする時、一抹の寂しさを感じた。何となく去り難い感じだった。ここともお別れだなという気分になった。こういう気分になることは、僕の場合はとてもいい兆しである。と言うのは、こんな所に少しも居たくないなんて思ったりするということは、その試験が不出来だった証拠だと思うからだ。その場所が嫌悪する記憶にしかなっていないということだからだ。
帰りもひたすら歩く。ちょっとした用事を兼ねて、そこから大宮駅方面へと向かう。途中、寄り道しながら1時間半ほど歩いただろうか。それから帰宅。
帰宅したら、今度は答え合わせだ。問題を持ち帰ってよかったので、僕は問題用紙に僕がした回答を記しておいたのだ。
現時点ではまだ全部は終わっていない。50問中の半分、25問くらいを答え合わせした。明らかに間違えたのが1問。曖昧なのが2問。あと22問は、今のところすべて正解しているようだ。何とか合格しているのじゃないかと思えてきた。
(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)
(付記)
検定試験の日か。懐かしいな。この試験、けっこういい成績で合格できた。別に誰に知らせるでもなく、誰に自慢するわけでもない。自己満足で受けた検定試験だ。刺激にはなったけど。
(平成29年4月)