5月28日:ミステリバカにクスリなし~『夜光怪人』

5月28日(日):ミステリバカにクスリなし~『夜光怪人』(横溝正史) 

 

テキスト:『夜光怪人』(横溝正史)角川文庫 

 

 戦前・戦後の推理作家は、通常の探偵小説以外にも、時代小説や少年ものの作品も残している。探偵小説の規制も関係していただろう。江戸川乱歩のように少年ものに手を広げる人もあれば、角田喜久雄のように時代小説に乗り出す人もある。彼らは二足の草鞋を履いたわけだが、横溝正史は、探偵もの、時代もの、少年ものと、実に三足の草鞋を履いた人だった。 

 本作『夜光怪人』は少年ものの長編で、おそらく中学生くらいの読者層向けに書かれたものだと僕は思う。 

 

 闇夜、モーターボートで逃げる女、それを追う男。男は全身から光を放っている。これが夜光怪人の初登場である。(怪人はある日突然、人々の前に姿を現すものである) 

 御子柴進少年は、ある夜、夜光怪人に追われる女を助けたことで、事件にかかわることになる。新日報社の三津木俊介の協力を仰ぎ、以後、行動を共にする。 

 最初の事件は、防犯展覧会の会場にて、「人魚の涙」と呼ばれる真珠の展示品が盗まれる。真珠の所有者の雇った黒木探偵とともに警護に当たった進と三津木だったが、夜光怪人にまんまと裏をかかれてしまう。(最初の事件は怪人が勝つものである) 

 ところで、これは僕の読みが不十分なのか、この最初の事件がきちんと解決されたという感じがしないのである。第二の事件が本作のメインとなる部分であり、第一の事件はその前奏といった感じがしないでもない。しかしながら、黒木探偵や真珠王小田切など、後々も登場する人物たちの紹介という役割もあるようだ。 

 第二の事件は古宮元伯爵の館で開かれる仮面舞踏会でのことだった。娘の珠子が身に付ける秘蔵の首飾りを夜光怪人が狙っているという。珠子には藤子という付き人が警護し、さらに進、三津木、黒木の三人も扮装して舞踏会に紛れ込む。ところが、暗躍する夜光怪人に翻弄され、首飾りこそ盗まれなかったものの、珠子を人質として取られてしまうことになる。 

 この時、密室における人間消失の謎が提示される。ここは著者らしいところである。 

 この第二の事件が終わって、ようやく明探偵金田一耕助の登場となる。さすがは明探偵、密室の人間消失トリックを易々と解決してしまう。本作において、金田一が活躍するのはほぼこの部分だけである。後は、夜光怪人の犯行を阻止できなかったり、罠にはまったりなど、いささか生彩を欠く。 

 以後、物語は二転三転する。サーカス団での事件、上野の地下道の追跡劇、さらには海賊の秘宝が絡んでくる上に、藤子と弟と吉祥天女像に隠された秘密など、めまぐるしく展開する。最後には、海賊と夜光怪人一味の銃撃戦など、アクションも盛りだくさんだ。海賊の島へ行くのに獄門島を経由しなければならないというのは、作者のセルフパロディーか。 

 展開の速い物語は少年にはいいかもしれない。40代のオッサンには少しばかり忙しないかな。 

著者お得意の複雑な家系図などは登場しないけど、一人二役や二人一役はふんだんに使用されている。いささかひねりすぎという感がしないでもない。でも、それなりに面白く読むことはできた。少年向けの作品ということで妥協するとしても、三ツ星半といったところ。この種の、怪人と探偵の推理戦のようなパターンは、乱歩の方が上だと感じている。 

 

 さて、本書にはもう二作の短編が収録されているので、それについても触れておこう。 

 

「謎の五十銭銀貨」 

 小説家の駒井啓吉は雑誌社のインタビューに応じて、五十銭銀貨の話をする。かつて易者に見てもらった時にお釣りとして受け取った銀貨だが、表と裏が分かれて、中から数字の書かれた紙が出てきたのだった。 

 雑誌が発売されてから一週間ほどして、啓吉は怪しい記者の訪問を受ける。その夜、銀貨が盗まれてしまう。 

 こういうところが上手いと僕は思うのだが、この窃盗犯を殺して銀貨を横取りする人間を登場させるのだ。読み手は、昼間の記者が犯人だとすぐに目星がつくのだけど、その犯人を殺して戦利品を横取りする悪役をさらに登場させて、読者の期待を裏切るわけだ。 

 さて、この盗難事件を担当するのが、ご存知、等々力警部である。三津木俊介と並んで、戦前から著者の作品に顔を出す名脇役だが、本作では主役扱いである。等々力警部ファンには嬉しい一篇かもしれない。 

 暗号トリックは平凡なものだ。啓吉が犯人の裏をかくのも面白い。評価は四つ星といったところにしておこう。 

 

「花びらの秘密」 

 美絵子は、ある夜、家に泥棒が入っていることに気づく。見ると、壁に警告の言葉が映し出されている。翌日、美絵子は祖父に話してみたものの、祖父は真面目に取り扱わなかったが、その夜、再び泥棒が侵入してきた。さすがに祖父も真剣に考えるようになり、信頼する探偵社に連絡をする。しばらくすると緑川という探偵がやって来るが。 

 ロケット開発や国際スパイなど、これらが登場するだけで、一気に作品にモダン感が充満するのであるが、横溝作品では珍しい題材であるかもしれない。 

やはり、少年向けということもあって、筋やトリックが分かりやすい。でも、悪くはない。特に、冒頭で犯人からの警句に怯える美恵子が、最後には大胆に活躍して犯人と対決する辺り、美絵子の成長を感じさせる。四つ星を進呈しよう。 

  

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー) 

 

 

 

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