5月19日:ミステリバカにクスリなし~『黒潮鬼』

5月19日(金):ミステリバカにクスリなし~『黒潮鬼』(角田喜久雄) 

 

 面白い、面白い、面白すぎて一気に読んでしまった。本書の感想と言えば、それだけ言えば十分である。それくらい面白く読んだ。とにかく面白い。そして、アツイのだ。 

 

 古着の市の脇を通り過ぎようとした小百合は、一人の若侍に声をかけられる。小百合は、侍に頼まれ、一着の羽織を買うが、戻ってきた時にはもう侍の姿はなかった。唐突な発端である。この時から、小百合は後々の危難と冒険に巻き込まれることになるのだ。 

 若侍の名は村上左近。村上水軍の末裔である。ポルトガルの聖母を巡って、それを手にしようとする左近と妹の葉末、左近を阻止し奪おうとする赤同心一味の闘争が始まる。左近を慕うようになった小百合も危険な目に遭うかと思いきや、陰ながら小百合を助ける影法師の平九郎なる謎の人物が登場する。そうして敵味方が入り乱れて、波乱万丈の物語が展開されていく。 

 ポルトガルの聖母に隠された秘密とは、金銀が眠る島の地図である。村上家復興のためになくてはならない財宝である。左近らと赤同心らはこの地図の奪い合いをするわけであるが、敵もさるもの、左近たちの方が赤同心たちに出し抜かれてしまう。 

 赤同心らに先を越されたものの、左近たちも大海原へ乗り出す。この宝探しが本書のクライマックスかと思いきやそうではないのである。航海は難航し、金銀島に到着してもサバイバル生活が待っているというありさまだ。一難去ってまた一難の連続である。不撓不屈の精神で苦難に立ち向かっていく主人公たちの姿は感動的である。そして、本当の物語はここから始まるのだ。 

 

 本作にはさまざまな別離の場面が描かれている。小百合と母親の死別。左近と小百合の別れ、並びに左近と葉末の別れ。左近の父親との別れ。また、小百合と平九郎の別れもあれば、船頭の喜平との別れもある。一つ一つの別離の場面が妙にグッときた。 

 そして、別れの後には変容がある。父親と死別し、仲間とも別れた左近は、今まで以上に生に真剣になり、海の男にもなっていく。小百合もまた強くなっていき、復讐の鬼になることを誓う。海賊のお綱も男装束を捨て、女になる。登場人物たちの変容が感じられるのも本作の魅力だった。 

 

 二人の女、小百合と葉末。どちらも左近を慕っている。一途に慕い、土壇場になれば危険をも顧みない行動力を見せる小百合は、あくまでも運命に逆らおうとしているよう。運命や苦難に立ち向かってでも成し遂げよう、添い遂げようとする意地らしさが小百合にはある。一方の葉末は、運命に翻弄されるままに生きてしまうことになる。本人が望まなくとも、そのようになってしまう。その結末は対照的である。 

 

 スピード感のある物語展開、次々に襲いかかる危難とそれに立ち向かう主人公たちの活躍は申し分ない。それに、恋愛あり、裏切りあり、陰謀あり、冒険あり、決闘あり、サバイバルあり、復讐ありと、いろんなものが一冊に濃縮されている贅沢な作品だ。僕の個人的評価はだんぜん五つ星だ。こんな面白い小説を今まで読まず嫌いだった自分が情けない。 

 

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー) 

 

 

 

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