3月15日:それなりに 

3月15日(水):それなりに 

 

 今日は朝のうちに一つ外回りの用事を済ませなければならなかった。ついでに一週間分の昼飯を買っておく。昼飯と言っても、即席めんとかレトルトのものばかりだ。ゆがくだけでいいというものを買っておいた。 

 その外回りで少し歩いておいた。昨日、歩いてみて、体力が落ちていることを実感したので、今日から筋力作りを心がける。筋力作りと言っても、大したことはしないが。その一環として、今日はできるだけ立って過ごした。面接とか、食事、書き物をする時は座るけど、それ以外はずっと立って過ごした。パソコンも立って使用した。 

 ずっと立っていたのが良かったのか、帰宅時は足が軽かった。階段の昇降は除くけど、それ以外、平地を歩くときはスイスイと歩くことができた。 

 筋力が回復すると、歩行ももっとラクになるかもしれない。できるだけやっていこう。それから、酒はしばらくおあずけだ。酒を飲むと、こうしたトレーニング的なことをやるのがやたらと億劫になりそうだ。 

 

 仕事の方は、可もなく不可もなくといったところ。特別拙いこともなければ、特別上手くいったということもない。適度に反省点があるくらいだ。 

 月曜日に問い合わせてきた人の予約が決まった。今日の昼ごろに電話をくれたのだけど、僕がいささかバタバタしていたので、丁寧さを欠いたかもしれない。今はそれが気になる。案外、そういうところで行くのを止めるという人もあるのだ。 

 僕にも若い頃にそういう経験がある。あるところに電話をかけたのだけど、なんか相手がカリカリしていて、それでどうもお願いする気持ちが失せてしまったのだ。確かに、都合の悪い時間に僕も電話したかもしれない。すべてを相手のせいにするつもりはないんだけど、そういうちょっとしたことで、敬遠したくなるってこともあるものだ。 

 今では自分もそういうときがあるのが分かる。イライラしていたり、セカセカしていたり、あるいは疲れきったりしていたりで、せっかくのクライアントを逃したことも多々ある。完璧にはできないんだから、仕方がないと諦めるしかないのだが、少しは改めるようにしないといけないとも思うのだ。今後の課題である。 

 

 今、僕は今後の課題だと言って、問題の先送りをしてしまった。でも、今後の課題だ。今は筋力回復に取り組む。歩行や移動が制限されたり不便があったりすると、それだけで多くのことができなくなってしまう。本当はやろうと思えばできるのだけど、それに付随する負担やダメージの方を予測してしまい、億劫になる。億劫になって、何もしなくなる。一番よくないパターンだ。 

 そうならないように、体力の回復をまずは目指す。いや、これは正確に言うなら体力の回復ではないのだ。活動の回復なのだ。活動を回復しないと、ギリギリになるまで動こうとしなくなってしまい、困ったことになる。すでに、蛍光灯のことや領収証の押印など、その傾向が現れ始めている。これを改善したいのだ。いの一番に取り組みたいのだ。 

 

 フロム=ライヒマンの論文を二つ読む。最初にざっと通読して、その後、重点的に読みたい箇所だけ繰り返し読むという読み方をした。 

 文学やミステリは読まず。 

 

 空き時間は音楽をかける。立ちっぱなしで疲れるので、意識が疲労に向かわないために音楽をかける。ディープ・パープル、キング・クリムゾン、それにカーティス・フラーのアルバムを今日は聞いた。 

パープルは『Stormbringer』だ。僕の中では「パッとしないアルバム」の一枚だったのだけど、最近、いいなと思い始めている。 

クリムゾンは、どうもまだとっつきにくい感じがある。 

カーティス・フラーは『Blues-Ette』だ。1曲目の「Five Spot After Dark」は、上手く言えないのだけど、一気に雰囲気を作ってくれる感じがして、もしくは一気に雰囲気にかこまれていく感じがして、そこがいい。僕の好きなアルバムだ。 

 

 帰宅してから、このブログを書いている。 

書籍の方は今日は触れず終いだった。本を読んでいて、いい表現があったらメモしている。書籍に活用できるかもしれないものはメモしておく。いくつかをメモした程度だ。 

 

 今日はそういう一日だった。がむしゃらに熱中したわけでもないし、一生懸命でもなかったけど、それなりに悪くない一日だった。 

 

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー) 

 

 

 

関連記事

PAGE TOP