10月13日:ミステリバカにクスリなし~『旅と推理小説』(昭38年4月)1 

10月13日(土)ミステリバカにクスリなし~『旅と推理小説』(昭和38年4月号)

 前回、5月号を読んだのだった。順序が逆になったが、今回は4月号を読む。前回同様、小説編と読み物編に分ける。本項は小説編である。

「堕ちた偶像」(黒木曜之助)

 百貨店で万引きしたのは女校長先生だった。社会的な影響も考えて、岡田警部は徹底的に調査しようと決心するが、その矢先、その百貨店の従業員が自首してきた。手塚典子というその女は、校長のバッグに品物をこっそりと落としこんだのだと訴える。事件はこれで収拾がつくかに思えたが、後日、女校長は死体となって発見される。

 在日朝鮮人問題をはじめ、公衆電話のトリックといい、時代を感じさせる一作であった。戦争の爪あとがこういう形で顕現したという社会問題に触れている作品であるとみなすこともできる。

「男はいつも被害者だ」(中山あい子)

 大関和子の訪問は佐久間浩を驚かせた。もう情事の関係は終わっているはずなのに。浩は戦死した兄の嫁、義理の姉とずっと生活してきたが、溝口津代子との結婚が決まっていた。今さら何を言いに和子は来たのだろう、浩は体よく和子をかわすが、その後、和子は毒殺されてしまう。

 一人の男性を中心に三人の女の思惑が交錯する。まあ、三人三様、女は残酷である。タイトルも意味深なものがある。ミステリとしては凡作であるが、こういう女の情念を描いているところは評価すべきか。

「山の生き霊」(細島喜美)

 熊笹に花が咲くと不吉なことが起きる。そんな迷信に不安を掻き立てられながらも、山の中で越冬することになった炭鉱夫の音吉と作造。厳しい冬を飢えとともに暮らす。ある日、作造は山窩(さんか)の洞穴を見つけたと音吉に話す。そこに忍び込めば食料を盗めると作造は持ちかける。

 山窩シリーズの一篇。厳しい自然の中で生き抜くことの苦悩が感じられる。こういうのを読むと、自然は人間に都合よくはできていないんだなと改めて感じる。白米を見て涙するおしげ(音吉の妻)の姿は、なかなか現代では見ることがなくなった。

「現代版 好色一代男」(板谷中)

 井原西鶴の原作を現代版に「狂訳」したもの。33歳から60歳までの性遍歴を綴る。実に下らない。

「不徳の旅」(草野唯雄)

 鉱山勤務の増井は、親しい重役からある依頼をされる。それは重役の娘の嫁ぎ先のことを調査してほしいというものだった。増井は慣れない探偵仕事を引き受け、縁談相手の実家のある愛媛県まで足を運び、調査を開始するが、その報告書には調査内容と食い違う報告がなされた。

 なかなかオチが効いていて、面白かった。増井が二重依頼を受けていたことが判明するが、両方の依頼者に上手く応じたことになる。

「深川若衆」(城昌幸)

 冷たい雨の降る中、娘はふと今来た道を引き返した。そこに、傘も差さず、道端に正座し、腕を組み、うなだれている男がいたからだ。男は死のうと思っていると言う。娘は、どうせ死ぬなら頼まれてくれないかと男に持ちかける。言われるまま男は娘についていくと、そこに一人の男の死体があった。殺されていたのだ。娘はこの殺しの下手人に身代わりになってくれと男に頼む。

 このシチュエーションが面白い。短い話ながら、真犯人が判明し、ハッピーエンドまで用意されている構成は好感が持てる。もっとも、前半部分が丁寧すぎて、後半は急ぎ足の観は否めないが。何よりも、こういうのが江戸っ子気質というものなんだろう。

「“違ってる”」(戸川昌子)

 ゲイのケイは、一人の外国人からの誘いを受ける。ひいき客のミスター・ボワかと思いきや、別の人物だった。しかし、ケイが連れて行かれたのはミスター・ボワの部屋だった。その部屋でケイはミスター・ボワの首吊り死体を発見し、次の瞬間、男の手がケイの首を締め付けてきた。ケイと一緒だったジュリーは、翌日の新聞報道を読んで「違っている」と叫び、独自に調査を開始することになったが。

 内容的には凡作という感じがしないでもなかった。今ひとつ、盛り上がりに欠けるような展開だと感じた。

「五人の愚連隊に襲われた少女囚」(楠田匡介)

 脱獄もののミステリを得意とする著者によるノンフィクション。作家と刑務所の委員という二足のワラジを履く著者でなければ書けない一品である。

 桑野雪子という女囚の女子少年院脱走のいきさつを綴る。派手な脱走を企てる面々を利用して、人知れず、こっそりと抜け出すという展開は著者の小説にもあるけど、現実にも起こることなんだと改めて思った。

「新とりかえばや物語」(来栖阿佐子)

 次期皇后の座を狙って、宮中はおだやかではなかった。二条はそんな宮中に辟易し、宮仕えをやめようと思うと兄に打ち明ける。兄は、とりかえばや物語のように、兄と妹と入れ替わろうと提案する。そうして妹になりすました兄が宮中に赴くが。

 こういう宮中物語はいささか苦手である。誰がだれやら分からんようになってくるのだ。本編は「とりかえばや物語」のパロディでもあるようだが、それでも一応、殺人事件が起きる。「くだらない男と女とがくだらないことを繰り返してきた」という終盤のセリフは、なんとも無情感に満ちているように感じられた。

 以上が本号収録の小説群である。城昌幸の作品がこの中では一番良かったかな。山窩シリーズは相変わらず独特の世界を描いているようで、僕は好きである。その他の短編に関しては、なにかと時代を感じさせるものが多かったように思う。

<テキスト>

『旅と推理小説』昭和38年4月特別号 宝石社

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)

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