8月15日:ミステリバカにクスリなし~『殺意の海辺』 

8月15日(水):ミステリバカにクスリなし~『殺意の海辺』

 本書はリレー長編(中篇)を二作品収録。

 リレー小説というのは、複数の作家が一つの作品を書き継いでいくというもので、もしかするとミステリに特有のものかもしれない。他ジャンルでこういう試みを僕は聞かない。

ミステリの世界ではリレー作品がけっこうある。日本でも江戸川乱歩が試みたこともある。もっとも、あまり名作になるようなものはない。どこかで統一に無理が生まれるからだろうと思う。

 リレー小説は、まず、最初の作家が物語の設定を提示する。後に続く作家がその設定に基づいてストーリーを作っていく。最後の作家がオチをつけるということだ。それを考えると最後の作家のプレッシャーがハンパない感じもする。

 最初の「殺意の海辺」(Crime On The Coast,1954)から見てみよう。ジョン・ディクスン・カー(第1,2章)を筆頭に、ヴァレリー・ホワイト(3,4章)、ローレンス・メイネル(5,6章)、ジョーン・フレミング(7,8章)、マイクル・クローニン(9,10章)、エリザベス・フェラーズ(11,12章)の6人がリレーしていく。

 このうち、カーとフェラーズは日本でもよく知られている。メイネルは当時作家としては長いキャリアを有していた。それ以外の三人は当時は比較的新人であったので、新旧作家の顔合わせ的な企画だったのかもしれない。どのような意図を有する試みであったのかは不明であるが、カーの用意した舞台設定に続く4人が展開していき、ラストのフェラーズがまとめていく。

 早速、中身を見ていこう。

 見世物市で賑わう中、作家のフィル・コートニーは<幽霊水車場>の切符売り場で一人の女に助けを求められる。二人は幽霊水車場に入る。女はニータ・ロスといい、彼女は二度も命を狙われたと言う。容疑のあるのは、彼女の叔父や叔母たちで、彼らがここまで彼女を尾行していると言う。そして、幽霊水車場の中にまで、彼らのすぐ近くまで追手が迫っていると言う。

 カーのこの出だしを受けて、続く作家たちがアイデアや事件を次々と盛り込んでいく。ホント、ラストの作家はたいへんだ。こんな無茶ブリに、どうやってオチをつけて、整合性をつけていくのかと、興味の焦点がそこに行ってしまう。

主人公のフィルは、カーの作品によく登場するような騎士道精神の旺盛な主人公を連想させるが、後の作家の手にかかると、単なる冒険野郎にしか感じられなくなる。切符売り場の夫婦も中盤からイメージが変わっていくし、こういうところに各作家の個性が持ち込まれ、一貫性が損なわれてしまうのかもしれない。

しかし、さすがはフェラーズである。見事にオチをつけてくれている。第6章でフィルがイエロー・キャット・カフェの裏階段で警官と衝突する場面がある。そこを執筆したローレンス・メイネルはこの一件によってフィルが警察からも終われる身になるという設定を想定していたのかもしれない。でも、この警官をフェラーズはもっと違ったふうに活用しているのが面白かった。

 カーの冒頭と設定を受けて書き継がれた物語は、冒険とアクションに富む展開の速いものとなり、カーらしさはどこへやらといった感じが残る。これが新人作家のデビュー作というなら、それなりに評価できるのだけど、唯我独断的評価は2つ星半といったところ。

「弔花はご辞退」(No Flowers by Request、1953)

 もう一本の本作は、ドロシーL・セイヤーズ(1,2章)、E・C・R・ロラック(3,4章)、グラディス・ミッチェル(5,6章)、アントニー・ギルバート(7,8章)クリスチアナ・ブランド(9,10,11章)という顔ぶれによるリレー作品である。

 全員イギリスのDetective Clubのメンバーであり(セイヤーズはその会長)、全員女性作家である。普段からつながりのある面々であるためか、割とまとまった内容になっている。

 未亡人となったマートン夫人は、身内の世話にならず、住み込みでコックとして働くことを決める。彼女を雇ったのはカリングフォード氏だった。不便な片田舎に住むカリングフォードの屋敷には、病気で自宅療養中のカリングフォード夫人、氏の甥と姪にあたるトレントとフィリッパ、それと庭師のジョイが住んでいた。他に通いで夫人の看護婦のカトラー、家政婦のハッチンソン夫人、専属医師のトムがいる。マートン夫人が勤め始めて数日後、カリングフォード夫人が毒殺される事件が発生する。

 主人公のマートン夫人は、あくまで一被雇用者の立場に立ち、傍観者的な振る舞いしかしない。警察が捜査しているとしても、マートン夫人にはその詳細が届かない。あくまでも部外者なのだ。読者が期待するようには彼女は探偵熱に浮かれることがなく、日々の勤めをそつなくこなしていく。この辺りが少しばかりダレる。しかし、ハッチンソン夫人が密かにマートン夫人に容疑をかけていることを知り、マートン夫人は事件を考えざるを得なくなる。ある意味、巻き込まれるわけだ。

 ところが、マートン夫人が推理を働かせるより以前に、事件の方が動いていく。マートン夫人にも危機が迫る。結果、推理というよりも、犯人の自白を入手するという形で事件がほぼ解決してしまう。ここは少し物足りない感じがした。

 本編の僕の唯我独断的評価は3つ星といったところ。作家の顔ぶれはいいけど、内容は案外平凡なものだった。

 上記二編を収録した本作であるが、前者はスパイ・アクション的であり、後者は安楽椅子的といってよかろうか。性格がまったく異なる二編を一冊にまとめた本ということになる。ファンやマニア向けにはいいけど、あまり一般ウケはしないかもしれない。一般ウケするにはターゲットをどちらかに絞った方がいいのかも。

 まあ、何にせよ、両作品とも良くも悪くもないといった位置づけしかできなかったので、本作全体の評価は3つ星ということにしておこう。

<テキスト>

『殺意の海辺』(ジョン・ディクスン・カー他) ハヤカワミステリ文庫

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)

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