5月7日(月):とにかく生きること
連休明けの初日。今日は仕事も入っているが、それ以外に外回りのこともこなしたいと思っていた。ところが、あいにくの雨だ。外に出るのが億劫だ。
午前中はまだ足の痛みに悩まされていた。午後から少しましになる。時刻は13時40分。一応14時までは昼休みで、電話に出られるようにしておかなければならない。しかし、何というのか、居ても立ってもいられないような心境になり、急遽、外回り作業をする。
歩いてみる。けっこう足の具合がいい。かすかに痛みはある。それでも、ここまで普通に歩行できたのは数週間ぶりではないだろうか。すごく久しぶりという感覚があった。この程度に歩けたら、ウォーキングも楽しめそうなのだが。
まず、銀行に行く。それから電気屋だ。二週間近く切れたままだった蛍光灯を買いに行く。だんだん雨がきつくなる。14時半頃に戻ってきた。約一時間か。予想していたよりも早く帰ってこれた。
本当はもう一件外回りがあるのだけど、それは明日にしよう。この後、面接を控えている。取りあえず、今はその準備をしておこう。
雨だったり、人ごみだったり、痛みであったり、それらを理由に後回しにしてきたことをどうにか終えることができた。何となく、そういう困難なんかどうってこともないやといった気持ちになっている。少し気持ちが前向きになっている感じがしている。
先月辺りから、自分はもう長くはないのではないかといった強迫観念に襲われ続けてきた。今すぐではないけど、あと数年しか生きられないのではないかという恐れに付きまとわれていた。それで、限られた時間でできるだけのことをしようと、気持ちだけ焦る一方で、体のあちこちに不具合が生じ、活動が制限されてしまった。非常に歯痒い思いをしたものだ。今は不具合があろうと、計画していたことはすべてやっていこうと奮い立っている。
強迫観念も、もはや恐れることはない。本当に僕の人生があと数年で終わったとしても、それがどうしたというのだ。僕よりも若い年代で人生を終えた人たちもたくさんいるではないか。自分だけ長生きしようなんて望む方が間違っている。残された時間がどれくらいあるか、誰も分からない。生きられる時間をとにかく生きるだけだ。
大切なことは、生きている間に人生の賃借をチャラにすることだ。死後まで引きずるものがないようにして生を終えたい。
外は雨。ますます強くなっている。やはり、早めに買い物に出て正解だった。できることは早めにやっておこうと思う。
クライアントを待つ間にこれを書いた。
(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)