1月26日:将来の臨床心理士さんからの電話

1月26日(金):将来の臨床心理士さんからの電話

 今日は変わった電話を受けた。臨床心理士になりたいという学生さんからの電話だった。臨床心理士になって、本当にメシが食えるかどうか心配されていたようだ。そこで僕からいろんな話を聞きたいということだ。

 しかし、まあ、よくそんな電話を僕のところにかけてきたな。臨床心理士なんか大嫌いだと言っている僕によく尋ねてきたものだ。厚顔と言うか、無知と言うか、そういう質問に応じるのに一番不適格な人間をその人は選んだのだ。

 僕は、はっきり言って、真面目に応じる気持ちも生まれず、適当に言葉を濁しておいた。本音を言えば「お前なんか、止めちまえ」と言ってやりたかったのだけど、あまり若い人に意地悪するわけにもいかない。それに僕がいちいち言わなくても、資格を有していれば自動的に仕事ができるなんて考えは、いつかことごとく粉砕されるだろうから、その時に苦悩してもらえればいいか。

 資格を有して仕事があるだろうか、そんな悩みを持っているうちはダメである。資格を有して、仕事をしていくのだ。仕事を獲得していくのだ。じっと待っていれば向こうからやってきてくれるなんて期待は、幼児期のものなのだ。そこから成長していかなければならないのだ。

 僕はあまりそういう不安を抱えたことはなかった。とにかくウデを磨けば仕事ができると信じていた。現実にはそんな簡単にはいかなかったけど、仕事があるかどうかなんてことを考えていなかったのは確かだ。

 しかし、今後、またこのような電話を受ける可能性もあるので、一応、僕の見解を述べておくことにしよう。

 その人はこれから大学院に進学するという人だった。それならそれでいい。大学院に入って、一人の師匠につきなさい、そして、まずはその師匠から学びなさいと僕は言いたい。その師匠に十分に学んでから、いろんな人の話を伺いなさい。一人の師匠に学ぶ以前にいろんな人の話を聞いてしまうと、師匠に対する不信感や反発心を高めてしまうかもしれないし、僕はそういう手助けはしたくないと思っている。

 それから教育分析とスーパーヴィジョンはしっかり受けなさい。そこで自分の不安を明確化しておくといい。それに、仕事に関する不安が高まった時には、その仕事を選ぶことになった原点の体験に触れると良い。

 勉強していく中でいろんな仲間とも出会えることだろう。仲間と一緒に成長していけばいい。しかし、面接は常に一人だ。どれだけ仲間に囲まれていようと、面接室に入ると、そこはもう自分一人だけだ。もはや誰も助けてはくれない。自分を当てにしていくしかない。そこはこの仕事の厳しいところでもある。一人に耐えられない人には難しいかもしれない。

 資格を取得することも大事ではあるが、それ以上に大事なこともある。臨床家としてのアイデンティティを身に着けていくことだ。資格を取得していながら、臨床家として生きられなかった人たちを僕も知っている。人それぞれの事情も確かにあるのだけど、臨床家としての同一性を獲得できなかったのだ。

 と、まあ、これくらいにしておこう。エラそうに言っている自分に嫌気が差してきた。電話の一つくらい、無視したり、気にしなかったりしたらいいだけのことだ。でも、僕はそれもできないのだ。自分が体験することは、どんなことであれ、しっかり考えてみたいと思う。電話の彼も、人に意見を伺う前に、自分のその不安についてしっかり考えてみればいい。自分のことをしっかり考えることのできない人が、どうやってクライアントのことをしっかり考えることができるだろうか。

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)

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