10月21日:もっとも効果的な復讐教えます

10月21日(水):もっとも効果的な復讐教えます

 

 グレアム・グリーンに「復讐」という短編小説がある。主人公がある人物とばったり出会うのだけれど、彼が誰であるのか主人公は思い出せない。後になって、主人公はそれが憎んでいた人物であったと気づくのである。

 物語としては他愛もないものなんだけれど、ここには一つの真実があると思う。忘却はもっとも優れた復讐であるということだ。相手のことを完全に忘れ去ること、これほど強烈な復讐は他にないだろうと思うし、おそらく、これが唯一の復讐方法であると僕は信じている。

 

 今仮に、Aという人を憎んでいるとしよう。このAは親であることもあれば、いじめっ子であることもあるだろうし、自分を騙した人間であることもあるだろう。誰がAであっても構わないんだけれど、僕はとても激しくAを憎んでいるとしよう。

 Aに対する一番の復讐は、僕がAのことを完全に忘却することなのだ。正直に言えば、それだけでいいと僕は思っている。

 もし、僕が恨みのあまりにAに危害を加えたとしよう。僕はそれで気分がスッキリするだろうか。そうは思わない。きっと、その日から僕はAの報復を恐れるようになるだろう。Aを殺したとしても、Aの関係者からの報復を恐れるようになるかもしれない。その場合、僕が会ったこともない人間から報復されるようになるかもしれない。

 いずれの場合にしても、僕は単に復讐する側から復讐される側に回っただけのことだ。僕は見えない敵の復讐に一生怯え続けなければならないかもしれない。

 

 忘却には常に復讐のニュアンスが付きまとっていると僕は信じている。対象を忘れようと欲することは、対象に対する復讐心の存在を思わせる。

 ある女性がペットロスになった。彼女が大切に飼っていたペットが病気で死んでしまったのだ。彼女はペットのことを忘れようとする。僕はペットのことを忘れてはいけないと忠告する。思い出としてしまっておき、折に触れてペットのことを思い出しなさいと伝える。

 僕がそんな忠言を彼女に与えた理由がお分かりになると思う。彼女はペットに対して復讐しようと欲していたのだけれど、僕はそれを阻止したわけだ。それに、彼女はペットに対して恨みを持っているわけではないのだ。あまり彼女個人のことに触れないでおくが、彼女は自分に恨みを持っているのである。その恨みをペットで晴らそうとするようなものなのだ。

 対象を恨んでいないのであれば、忘却してはいけない。少々恨みたい気持ちがあるとしても、その対象がその人にとって大切な存在であるのであれば、復讐は実現しない方が良い。

 

 では、恨み続けるというのはどうか。相手をいつまでも恨み続けるということである。僕はそうしたければそしなさいと言うようにしている。人を恨んではいけないなどと諭したりするつもりはない。ただ、現実的に復讐をすれば今度は復讐される側に立たされるかもしれませんよとは言うつもりだ。その場合、どの人から復讐されるかはわかりませんよとも付け加えるつもりだ。

 相手を恨み続けるというのは、相手との関係の一つの在り方である。人間関係は、愛情でつながるか憎悪でつながるかである。そのどちらでもないというのは、そもそも関係以前の赤の他人ということになる。人と人とのつながりは愛か憎かである。

 相手と愛情で関係するか、憎悪で関係するか、それは個人が決めることだと僕は考えている。つまり、愛するか憎むかはその人の自由であるということだ。もう少し正確に言うならば、相手に対して主体的に選択し、決断するということだ。

 従って、憎む人間を許せるようになるのではないのだ。そのように言うと誤解されてしまう。その人間を許すことを決断するのである。ある意味では、恨み続けるという人はこの決断を回避しているという部分があるように僕は思う。

 

 まあ、それはさておき、効果的な復讐方法を教えるということだった。

 今日のクライアントが言ってたな。憎んでいる相手が死を迎える瞬間に「地獄におちろ」と言ってやりたいなどと。今日の僕の話を読めば分かるように、この復讐はまだ手ぬるいのである。その人が死を迎える瞬間にこう言わなければならない。「私はあなたなんて知りません」と。

 もう一つだけ付け加えておこう。このクライアントは相手に対していまだにある種の期待を抱いているのだ。相手に呪詛の言葉を吐くために、相手の死の瞬間に立ち会えることを期待しているのだ。しかし、この人の話を伺っていると、この相手は一度も彼女の期待に答えたことがないのだ。彼女はいつもこの相手から期待を裏切られてきたのだ。だから今度も裏切られる可能性が高いと僕は思っている。それでもそのような期待をし、その期待が裏切られて苦しむのは彼女である。彼女を苦しめたくないと思えば、相手のことを忘却してしまいなさいと言うのがもっとも適切ではないかと思う。そして、その忘却こそ紛れもない復讐なのである。

 あれはなんのドラマだったかな。かつて親に捨てられた主人公がずっと後になって瀕死の状態の親に再会する場面だった。その時、主人公は親に向かってあなたが親であるはずがないと言ったのだったかな。正確には覚えていないんだけれど印象に残っている。あの時、主人公は親に対して一つの復讐を果たしたのだ。それももっとも効果的な復讐を果たしたわけだ。主人公は親を前にして、親を忘却した(振りをした)のだ。

 もっとも、その復讐が主人公にとって幸福なことであったかどうかは定かではないけれど。

 

 相手に対するもっとも効果的な復讐は、完全に相手を忘却していることである。実力行使、武力行使しなくても復讐は果たせるのである。

 

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)

 

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