1月23日(月):焦燥感
ただ今、時刻は午前一時半。寝ようと思って布団に潜り込むも、内面が妙に騒がしくて、落ち着かない。それでしばらく本を読んで過ごしていた。
たまたま手に当たったマリー・ド・フランス「十二の恋の物語」(岩波文庫)を何気なく読み始める。20年くらい前に買って、一度読んだきりの本だ。本というものは置いておくべきだと思ったね。これが意外と面白いのだ。こんなに面白かったっけと思うくらい、以前読んだ時とは受ける印象が違うのである。いつか機会があれば、この中の何作かについて述べてみようと思う。
作品自体は、12世紀に書かれたもので、中世の騎士や妃たちの恋愛物語であるが、嫉妬や恨みからその恋仲を割こうとする人物も登場しており、一方ではそういう人たちの物語でもある。また、象徴性に富んでおり、ユング心理学を勉強している人なら、いろいろ含意を汲み取りたくなるような作品集である。
それはさておき、この騒がしさは何だったのだろうと、今、振り返っている。今日も時間を見つけてはキーボードを弾いたのだけど、その時、ふと、女性友達のことを考えた。その時に最初の騒がしさを経験した。
それからは気持ちが妙に焦る。焦燥感に駆られているのだ。そして、サイトのことが頭を占めはじめる。正確に述べれば、サイト以外にも、今取り掛かっている事柄はすべて頭の中を駆け巡っているのであるが、中でもサイトのことが主要な位置を占めているという感じである。
そういえば、今日のブログも更新を忘れている。朝のうちに書いた原稿が残っている。ブログの原稿は、公開すると別ファイルに移動させるので、公開していないものは文書ファイルに残るのである。そこに今日の日付分の原稿が残っているのを発見し、公開を忘れたことに思い至った次第である。
いろいろ作業はするものの、何かが抜け落ちることが最近は多い。集中できていないのかもしれない。そして、気持ちが焦ることもよくある。この焦りの根本にあるのは、僕の将来のことである。将来設計というものが、一度はきちんと立ててそれの実現に取り組んでいたのだけれど、昨年の女性友達との決別以来(否、実際は交際中から既に)、これが不明瞭になってしまった。もう一度、自分の将来についてきちんと考えなければならないと思っているのだけど、焦るばかりである。焦るのは、僕の人生に時間が足りない、短すぎると感じているからである。なぜ、そんなに時間が足りないように感じているのか。
僕の中に、僕を駆り立てる何かがある。それが一方では僕のエネルギーみたいな存在になっている。しかし、他方では、はっきりしない焦燥感をそれが作り出しているようだ。僕は自分の人生に絶望はしていない。悔いることも多々あるが、この人生を否定したいという気持ちはない。しかし、何一つ達成していないような感じを最近は特に感じる。それが僕の中に不全感となって体感されているのかもしれない。
こういう感じを覚える時は、自分を変える時なのだと思う。今までのままではいけないという気持ちになるのである。僕自身も変わっていかなければならないのだ。今、僕の体験しているこの気持ちが、僕にそのことを知らせてくれているようだ。
(寺戸順司-高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)