9月25日:頭痛

9月25日(日)頭痛

 

 一週間ほど前から、ひどい頭痛に悩まされている。今日(19日)は耐え難い痛みのため、初めて頭痛薬を服用する。

 痛みは身体のサインなので、耐えられるものなら耐えた方が良いと僕は考えている。限界が来たところで痛み止めを服用することにしている。それまでは痛みに付き合おうと思っている。薬を絶対に飲んではいけないなどという極端な考え方はしていない。必要なら薬も飲む。しかし、心身のサインに気づいて、それに取り組まれない限り、身体は痛みとしてサインを発し続けるだろうと思う。従って、速やかに痛みから解放されるかどうかは、僕が自身のサインに気づき、対処できるかにかかっていると考えている。もちろん、それは僕の個人的な考えに過ぎないけれども。

 

 僕の女性友達に言わせると、この頭痛は眼精疲労によるものだろうということだ。彼女もかつてそういう頭痛を経験したことがあると言うし、何しろ、彼女がいつ見ても、僕はパソコンで何やら打ち込んでいるのだから、彼女がそう思うのは当然だ。

 確かに頭痛の他に、目の疲れもあるし、目玉の裏側辺りから痛みが始まっている感じがしている。パソコンに向かい過ぎというのも確かで、先月よりも長時間パソコンをしているのではないだろうか。

 サイトの原稿に加えて、ブログの原稿もパソコンで書く。記録や逐語録もパソコンだ。個人的に収集している事例もパソコンで打ち込む。文章の練習として書いている小説もどきもパソコンで書いている。これを毎日やっているわけだから、目もやられるだろう。ここらで体が悲鳴を上げ始めているようだ。

 

 パソコンをやる際に、肩こりには常に気を使ってきた。僕は二つの置台を用意しているので、組合せによって、パソコンと自分との位置関係を5段階に調整できるようにしている。一つの姿勢で固まってしまわないように、適度に位置関係を変えることで、肩がこることもなく、長時間できるようにしている。荒業として、その辺に寝転がって打ち込むという方法もある。しかし、肩がこる代わりに、今回、目をやられてしまったのだ。

 なぜ、そこまでして打ち込まざるを得ないかであるが、僕は自分自身を表明していかなければならないと考えている。なぜかという理由は明日話す。そして、更新が滞ることを避けたいのである。旧サイトでは月に一回の更新だったけど、何回か原稿が用意できずに飛んだことがある。本サイトではそうならないようにして、常にストックを抱えるようにしている。無理をしたお蔭で、サイトの原稿は30テーマ分くらいのストックがあり、ブログは十日分ほどのストックがある。

 結局のところ、僕の不安が、僕を無理するように駆り立てているのだ。大部分のクライアントはこのサイトを見て、面接を受けに来てくれている。本サイトが外部の人たちとの唯一の接点となっているから、何があってもこのサイトは維持しなければならないという思いに駆られている。このサイトが生きなくなってしまったら、同時に僕自身も外部の人から断たれることになってしまう。それは僕の死を意味する。どうしても無理してしまうはずだ。

 

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー

 

(付記)

 当時からいろいろ書きまくっていたのだなと思い出す。驚くのは、当時、ストックが30テーマくらいだったということだ。今は200テーマ分くらいのストックというか未完成原稿がある。一体、何してきたことやらという思いが募る。

 でも、痛みを感じるまで、そこに身体があるということに気づかないのは、今も変わらないかもしれないな。

(平成25年6月)

 

 

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