8月22日:キネマ館~『ナイル殺人事件』

8月22日(日):キネマ館~『ナイル殺人事件』

 

 僕がこの映画を初めて観たのは中学生の頃だった。テレビ放映されたのを観たのだ。折しも原作の『ナイルに死す』読んで間もない時期だったので、タイミングが良かったと思ったのを覚えている。そして、映画が原作にすごく忠実であったことも印象に残っている。

 『オリエント急行殺人事件』のヒットは、映画界にちょっとしたクリスティブームを巻き起こした。本作はその流れに最初に乗っかった作品であるというふうに僕は位置付けている。そして、『オリエント急行』は映画としては格調の高い名作であるが、推理小説の面白さを伝えているという点では本作『ナイル殺人事件』の方が上だと僕は評価している。

 『オリエント』ではアルバート・フィニーがポワロを演じたが、フィニーのポワロはかなり原作に近いと僕は思っている。本作ではピーター・ユスティノフがポワロを演じているが、こちらはもっと親しみの持てるポワロになっている。個人的にはユスティノフのポアロの方が好きだ。

 さて、ミステリ映画は、小説と同様、あまり内容に触れるわけにはいかない。ネタバレ禁止という暗黙のルールがある。なので、あまり内容には触れず、登場人物の紹介をメインにして述べようと思う。

 

 まず、大富豪の令嬢リネットだ。彼女と仲良しのミア・ファーローからフィアンセを雇ってほしいと頼まれる。ここから三角関係が始まるのだが、フィアンセが結婚したのは、ファーローではなく、リネットの方だった。友達から恋人を奪うなんて金持ちはえげつないことをするものだ。こうして結婚した二人はエジプトに新婚旅行に行くが、ファーローは二人の後をのこのこついてまわる。要するにストーカーだ。やがて、ナイル川の遊覧船の船客になった彼らだが、その船上でリネットが射殺される事件が発生するという流れだ。

 リネットを演じるのはロイス・チャイルスだ。美人さんだ。007の『ムーンレイカー』ではボンドガールを演じたが、僕の中ではボンドガールの三本指に入る人だ。この人が本作では憎まれ役の被害者で、映画の前半しか出番がないというのはけしからんことだ。このキャスティングで僕の評価が少し下がる。

 フィアンセを演じたのはサイモン・マッコンキンデールだ。偶然にも本作と一緒にレンタルした『ジャガーノート』にもチョイ役で出ていた。映画にもちょくちょく出演しているみたいだけれど、本領は舞台の方であるようだ。二枚目の好青年を本作では演じる。

 恋人を奪われた女をミア・ファーローが演じる。二人のあとを付けまわし、二人の前に姿を現すくだりはいささか演出過剰な感じがしないでもない。でも、悲恋のヒロインの印象がラストではすっかり覆されることになるのだが、何となく、ミア・ファーローが適役だという気がしないでもない。

 さて、この旅行にリネットは秘書を連れて行く。この秘書をジェーン・バーキンが演じる。もともとはモデルさんで『欲望』のチョイ役で映画デビューした人だ。ちょっと妖しい魅力を感じる美人さんである。それなのに彼女が第二の被害者となるのである。お気に入りの女優さんを立て続けに殺すあたり、この映画の難点が(僕だけに)ある。

 

 リネットの結婚はニュースにもなり、さまざまな思惑を持った面々がエジプトまでやってくるのだ。その面々が事件の容疑者になるわけだが、誰から取り上げよう。

 やはりこの人だ。もう一人の憎まれ役、意地悪ばあさんをベティ・デイヴィスが演じる。この人もすごい女優さんだ。ともかく存在感があると僕は感じている。宝石マニアでリネットが身に着けている宝石のためにやってきたのだ。

 この意地悪ばあさんには持病があり、そのため看護師を同行させている。この看護師を『ミス・ブロディの青春』のマギー・スミスが演じる。意地悪ばあさんの辛辣な口に辟易させられながら面倒を見る姿はユーモラスでもある。

 

 ところで、看護師が登場するということは、もしかして医者も登場するのではないかと思いきや、案の定である。ファーガスン医師である。ジャック・ウォーデンがこの役を演じる。この医師はリネットに弱みを握られているという設定だ。

 殺人事件が発生し、怪我人も出る船の客に、それもたかだか10人程度の船客に医師と看護師が揃っているなんて、あまりにも都合が良すぎる、できすぎた話のように見える。よ~く考えたら不自然なことなんだけれど、よ~く考えない限りその不自然さに気づかないのである。クリスティにはそういう上手さがあると僕は思っている。

 

 容疑者の中にはいかにも悪役に見える人間がいるものだ。リネットの財産管理人である。この旅行中にリネットにサインさせようと目論んで乗り込んできたのだ。これをジョージ・ケネディが演じる。

 ちなみに、ジョージ・ケネディがエジプトに乗り込む計画に賛同する共同経営者のような人物をサム・ワナメーカーが演じている。チョイ役でほとんど顔も見えないのだけれど、有名な俳優さんをこんなチョイ役で使う辺り、なんて贅沢な映画なんだとも思う。

 

 その他、アル中の女性作家(アンジェラ・ランズベリー)とその娘(オリビア・ハッセー)、青年実業家などが船上の人となる。

 最後に、ポアロとは旧知の仲で、ポアロを助ける少佐をデヴィッド・ニブンが演じる。

 

 以上のようなオールスターキャストで映画が展開していくのだが、どの人物にも犯行の機会はあり、それをいちいち映像で示してくれる。これは『オリエント』などでも見られたものであるが、狭い船上を複数の登場人物が巧みに動いていく辺り、ドタバタ喜劇を見るような気持になる。つまり、『オリエント』よりもユーモアが感じられるということなんだけれど、実はミステリにはそれがないといけないのだ。あまりにシリアスにやりすぎてはいけないのだ。犯人当てのゲームでもあるので、ユーモアの要素が欠かせないのである。クリスティはその辺りのバランスが上手と言えるのかもしれないのだけれど、本作はそのユーモア感覚も汲み取って映像化しているように僕には思えるのだ。『オリエント』にはそこが欠けていて、シリアスだけしか感じられないのだ。だからこれに関しては本作の方が優れていると僕は感じている。

 

 さて、愛が犯罪を生むのか、欲が犯罪を生むのか、難しいところである。登場人物は両者のいずれかを強く示すキャラが登場する。奪われた恋人を追い回すファーロー、いつまでも小説の中でロマンスを追求する女流作家、殺人事件が起きた船で新たな恋を芽生えさせた二人など。一方で欲の強いキャラも複数登場する。たとえ仲良しの友達でも欲しいものは奪うリネット、財産管理人、死体からも宝石を奪いたい意地悪ばあさん、犯人を恐喝して逆に殺されてしまう秘書などである。愛と欲、あるいは美と醜といってもいいだろうか、殺人事件を中心にしてその両者が絡み合いながら物語世界を豊かに展開させていくようだ。

 アンソニー・シェーファーの脚本も見事だ。ニーノ・ロータの哀愁溢れる音楽もいい。要するに、全部良い。

 僕の唯我独断的評価は5つ星だ。文句なく5つ星だ。ミステリの面白さをしっかり堪能せてくれる映画だ。

 

(寺戸順司-高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)

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