8月11日(水):世論調査
オリンピック開催に関する世論調査が各種行われていて、それによると、オリンピックを開催して「良かった」(「まあまあ良かった」等を含む)と答えた人が過半数いるそうである。開催前は反対派が多かったのに、この人たちの多くが寝返ったかのように見えるかもしれない。ところがそうではないようである。ガースー政権の支持率は相変わらず下降しているからである。もう少し詳しく述べよう。
まず、開催前と後とを比較するならば、同じ質問紙を用いなければならない。開催前はこういう質問に答えて、開催後はそれとは別の質問に答えたというのでは両者を比較することができないわけである。僕の受けている印象では、どうも両者は違った質問紙であるようなので、この結果を単純に比較すると誤解を招くと思う。
次に、オリンピックの開催が本当に良かったのなら、政府の支持率も多少は上がることが期待されるのだけれど、どうもそれは起きていないようである。従って、開催が良かったと答えた人の「良かった」にはさまざまなバイアスが含まれているように思われるのだ。つまり、メダリストが良かったとか、選手のパフォーマンスが良かったとか、メダル獲得数が良かったとか、その他諸々のものが「開催が良かった」に含まれてしまうということである。どうもそういうことが起きていそうに思う。
この世論調査で実際にどういう質問が回答者に与えられたのか僕は知らない。もし、次のようなものだとしたら、「五輪開催を良かったと思いますか」という質問であったとしたらどうだろうか。僕はこれはかなりの思考操作であると思う。
とは言え、実は僕も一時期こういうことをクライアントに対してやってのけていた。恥ずかしい限りである。
特に初回面接である。終了後にクライアントに「今日のカウンセリングは良かったですか」とか「今日のカウンセリングのどこが良かったですか」などと質問したものである。
「良かったですか」と尋ねられると、まず大抵の人は良かったところを探すものである。この時のこれが良かったとか、こう言ってもらえたのが良かったとか、良かったところを探してお答えになられるのだ。
そんなふうにクライアントが答えてくれたら、このカウンセリングが良かったという体験に持っていくことはそんなに難しくないのだ。「じゃあ、今日のカウンセリングは良かったのですね」と、既成の事実にしてしまう、それも成功の事実にしてしまえばこっちのものなのだ、ヘッヘッヘッ。
まあ、ずいぶん悪なことをやってきたものだ。いつごろからかそういう質問はしなくなった。今ではもっと中立的に、「今日のカウンセリングはいかがでしたか」などと尋ねる。その上で「どこか良かったなと思うところはありましたか」などと尋ねるようにしている。最初に中立的な問いをすることで思考操作のニュアンスがかなり軽減されているように僕は感じている。
それと同じで、「今回のオリンピックは良かったですか」と尋ねられたら、真面目に答え
ようとしている回答者であれば、良かったところを探し始めるはずである。そして、良かったところが見つかったり思い出したりした人は、「良かった」と答えるだろうと思う。
もし、この人たちに五輪開催に今でも賛成か反対かを尋ねたら、けっこうな数の人が「反対」と答えるだろうと僕は思っている。傍から見ると開催して「良かった」と答えたくせに開催には「反対」というなんとも矛盾したものを感じ取ってしまうだろうなとは思うけれど、本当は矛盾はないのである。その質問の仕方がそうした矛盾のようなものを生み出している(のに一役買っている)のだ。
こうした世論調査の類は、その信憑性を疑う必要もないのだけれど、次の点に注意しておく方がいいと思う。
まず、その調査の主催は誰かという点である。この主催者に都合のいい回答が得られるような調査になっている可能性があるからである。
次に、可能であればどういう質問がなされたのかを知ることである。しばしば調査の結果だけが報道されて、どういう質問を回答者が受けたのかまでは報道されないのである。中立的な質問であったかどうか、いずれかの立場に誘導するような質問であったかどうか、そうした点を確認する必要がある。
最後に、その他の調査結果と組み合わせるということである。先述のように、開催は良かったと答えた人が過半数を占めているのに、政権の支持率が低下しているということであれば、それは五輪開催の正当性が評価されているのではなく、競技が良かったとかスポーツそのものが良かったという結果を暗示していると考えられるわけである。
そんなに疑い深くて人生が楽しいか、などと僕は言われることもあるのだけれど、確かに疑ってばかりだと人生は楽しくない。しかし、世論調査など、その結果を鵜呑みにして
しまう前に、少し立ち止まって、批判的に疑ってみることも生きていく上では必要であると僕は思う。
(寺戸順司-高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)