T6-21>名称について

 

 本書では一貫して「うつ病」という名称を用いてきました。この名称について少し説明しておくことにします。

 「うつ」と「躁」に関する記載は、ギリシャ時代ヒポクラテスの書物に既に見られていました。黒胆汁が過剰になると「うつ」状態を示すという理解でした。ただ、「躁」と「うつ」とは別の状態のものと理解されていたのです。

 ローマ時代になって、アレテウスが躁的な人が後に鬱的になるという状態を記載し、19世紀フランスのファレルという精神科医が、躁と鬱が一人の患者に繰り返し見られるという観察から循環精神病という概念を提唱しました。

 その後、クレペリンにより、体系化されて現代の精神医学の基礎が築かれたのですが、クレペリンの分類においては「躁―うつ病」で括られており、その中に「うつ病」という下位分類がなされていました。

 現在では上位と下位が逆転して、「うつ病」の中に「躁―うつ」(循環、双極性)や「躁病」が含まれるようになりました。

 いずれにしても「うつ病」ないし「躁―うつ病」というのは、とても幅広い概念に対して付された名称であるということを理解することが大事なのです。

 一方、アメリカでは自国の精神医学の診断基準を確立する動きが始まりました。精神医学においては、その診断は、その医師の受けた教育や訓練にひどく左右されてしまい、統一性を欠くのです。それで、診断基準を統一しようという動きが生じたのです。

 アメリカの診断基準は、その頭文字を取って「DSM」と呼ばれ、『精神障害の診断と統計のためのマニュアル』と日本語訳されています。DSMは幾度か改定されており、その第三版(DSM―Ⅲというように表記されます)において、「うつ病」という名称は完全に姿を消したのです。

 DSM―Ⅲ(1980)で、「うつ病」は「感情障害」に変名されました。もちろん、診断基準や疾患単位もそれに準じて変更されています。続く、第三版の改訂版であるDSM―Ⅲ―R(1987)と第四版であるDSM―Ⅳ(1994)で、さらに「気分障害」へと変更がなされています。「うつ病」~「感情障害」~「気分障害」へと移行していったのです。

 また、世界保健機構(WHO)による「国際疾病分類」(ICD)においても、その第十版(ICD―10)より、「うつ病」に相当する病像に対しては「気分(感情)障害」としてまとめられています。

 以降、「うつ病」よりも「気分障害」の名称が用いられることの方が主流になっていき、「うつ病」はその下位分類の中で用いられる傾向が強いのです。日常語として「うつ病」は頻繁に用いられていますが、これは過去の名称、伝統的な呼び名になりつつあるのです。

 それでも私が「うつ病」の方を用いるのは、「気分障害」はどうもしっくりこないと感じることが多々あるからなのです。「気分障害」と言うと、どうしても「気分」が前面に出てきてしまうようで、どこかそれ以外の部分が背後に追いやられてしまっているという印象を受けてしまうからなのです。

 

(文責:寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)

 

 

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