<T6-16>できなくなること
(事例)
E氏は「うつ病」の辛さを、その経緯を話すことで示されました。
先述のように、それは身体的な不調から始まっています。胃痛や腸の不具合、頭痛や身重感などから始まっていました。それらの身体不調はそれぞれが単発的なものだったので、E氏にはそれらが一連の「症状」であるとは思えなかったのです。
それはやがて疲れやすさ(易疲労性)、不眠、食欲減退などをもたらしていきました。そのうち、根気が続かないこと(持続の低下)にE氏は気づいています。通常なら一日でできる作業を二日に分けなければならなかったり、一気にできていたことを何遍かに分けないとできないという状態になりました。非常に疲れやすく、集中力を欠き、根気が続かないという状態になったのです。そのような状態において、E氏は「気持ちばかり焦ってしまう」と述べています。焦るけれど、焦るだけで、実際には何もできず、それでさらに気分が落ち込み、こういう自分を「不甲斐ない」と語るのでした。
気分は落ち込みやすく、何もないのに悲しくなったりするということも頻繁に経験していました。そのうち、何かをしようとする気力も失せ、一つのことを遂行する能力が衰えてきました。要するに、何事にも手をつけられず、始めても最後まで完遂できないという状態に陥ったのでした。
「うつ病」と診断されたのはその頃のようでした。こうして、E氏には「できない」事柄が増えていったのです。この時の経験があるので、今できているのは「薬のおかげ」という感じをE氏が体験されていたのも、理解できないことではありませんでした。
(解説)
「うつ病」の特徴的な症状、それも顕現される症状は、これまでできていたいろんなことができなくなるということです。
気分が沈み、気力が失せ、根気が続かず、活力が減退していくのです。その結果、これまでできていたことができなくなるという状態に陥るのです。
私はこれは非常に恐ろしい体験ではないかと察するのです。というのは、今まで苦も無くできていたことができなくなっていくわけです。昨日までできていた事柄が今日にはできなくなり、今日できていた事柄は明日にはできなくなってしまうかもしれないという、そういう状況に置かれてしまうわけであります。
多くの「うつ病」者は、そういう状態になって、自分がおかしくなったというように体験されていたりもします。そこで、以前の自分を取り戻そうと、さらなる努力をされたりもします。つまり、自分に鞭打つわけなのです。
頭ではあれもしなければいけない、これもしないといけないという観念に襲われ続け、どうすればできるようになるかを考え続けたりもします。ところが、頭ではそれをしようとしても、身体や精神がついていけないのです。「うつ病」者は外見的には鎮静しているように見えても、内面では頭と身体、思考と感情とが激しくせめぎ合っていたりするのです。そして、できなくなっている自分を呪詛し、叱責するのです。
こうして、医師やカウンセラーを訪れる頃には、「うつ病」者は疲労困憊してヘトヘトになっていることも多いのです。こういう状態にある人に対して、休養を取るようにという忠告はとても適切なものなのです。
(文責:寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)