T6-10休養と仮病

 

(事例)

 医師から「うつ病」と診断されたE氏は、休養を取るように指示されました。E氏の上司(この上司のことは後々重要になってきます)も、それならと彼に休養を取らせたのでした。

 しかしながら、E氏の携わる業務において、彼でなければできないという作業もあるそうで、そのためどうしても必要な時には出勤するという条件つきの休養でした。

 それでE氏がたまに出勤すると、職場の人がよそよそしくしたり、「仮病を使っている」と陰口を叩かれたりしたそうです。それ以来、彼は休んではいけないと思うようになったのでした。

 

(解説)

「うつ病」と診断されると、まず、休養を取るように勧められます。これは速やかに休養した方が予後がいいということが分かっているからなのです。

 ところが、E氏のように、いくら休養が必要だと分かっていても、なかなか休むことができないという「うつ病」者も少なくありません。

 それは外的な理由による場合もありますが、本人が休むことに対して不安や罪悪感を体験してしまうがために、休まないという場合もあります。いずれにしても、休養を取るということが、「うつ病」者が頼りにしていた役割の喪失につながりそうに感じられるので、休めないという場合が多いのではないかと私は感じるのです。

 「うつ病」者が恐れることの一つは、自分が休んでいる間に、誰かが自分の代わりをして、自分が不要になってしまうということであります。役割の喪失は、そのまま自分自身の喪失につながるのです。自分が「無」になってしまうかのような恐怖感をそこで体験されていることもあるのです。

 周囲の人の反応についても述べておきましょう。まず、周りの人たちが彼によそよそしくなったとE氏は感じました。これは周囲の人がいつもとは違う感情でE氏に接するためでもあるでしょうし、E氏自身が今までのE氏とは違った雰囲気を醸し出していたかもしれません。「うつ病」者はしばしばこういう周囲の変化、雰囲気や視線の変化に関してとても敏感になることがあるようです。そして、大抵の場合、こうした変化をいたたまれない思いで体験されるのです。それらの変化は、自分を脅かすものとして体験されるのです。

 逆に「うつ病」者の周囲の人から、その人とどのように接したらいいかという相談を持ち込まれることも私にはあるのですが、決まって言うことは、できるだけいつも通りにその人と接してくださいということです。周囲の人の変化は、当人に負担をかけることになる可能性があるからなのです。

 ついでに、「仮病」ということにも触れておきます。非常に残念なことに、本当の「うつ病」者が周囲から誤解されて、「仮病を使っている」などと評されたりするのです。

 もし、それが本当に「仮病」であるなら、その人はもっとその「病気」を前面にアピールするでしょう。その「病気」を武器にして、自分を特別扱いしてもらうとか、何かを要求するでしょう。

 「うつ病」者は、まず、そういうことをしないものなのです。むしろ、彼らは自分が「病気」であることを恥じていたり、罪悪感を抱いていたりして、自分の「病気」をできるだけ隠したいと願うのです。

また、「うつ病」者の中には、自分が目だったり、注目を浴びたりすることに耐えられない人もおられるのです。そのため、本当の「仮病」使いのように、「病気」を前面に打ち出して、それで浮いてしまうというような状況は避けたいのです。それもあって、自分が「病気」であるということを隠したいと願い、できるだけ人に知られたくないという思いに駆られるのです。

さらに、「仮病」は一時的には装うことが可能であっても、長期間続けることは相当苦しいことであり、不可能であります。

 その頃のE氏は、たまに出勤するがために却って目立ってしまうという状況にあったのだと思います。この注目を浴びてしまうという体験が耐えられないので、彼は休むことができなくなったのだと考えても、あながち間違いではないように私には思われるのです。

 

(文責:寺戸順司-高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)

 

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