<テーマ139> 自我親和性から自我異質性へ(1)
(139―1)クライアントはどのようにこの現象を語っているか
(139―2)なぜ、そのようなことが起きるのか
(139―3)人はそれぞれ固有の「ルール」を持つ
(139―4)プロセスはすでに始まっている
(139―5)本項の要点
(139―1)クライアントはどのようにこの現象を語っているか
このテーマのタイトルを読んだだけでは、それがどういう現象を指しているのか理解しにくいことだろうと思います。これは簡単に言うと、「その人にとって当たり前のことだったものが、当たり前でなくなっていく」という現象を指しています。
説明よりも、まず、現実にクライアントがどのような言葉でこの現象を語るかを見ていきましょう。その方が分かり易いかと思います。
ある男性は「自分はいつもこう考えていたけれど、どうもそれは違うのではないかって最近思うようになった」と述べました。
また、他の男性は「僕はこれを言われるとすごく腹が立って落ち込むのだけれど、そんなふうに腹を立てること自体がおかしなことのように感じられている」と述べました。
ある女性は、とても他罰的で攻撃的な人でしたが、彼女はいつも周囲の誰かを責めてしまうので悩んでいました。その女性がある時、「これって、わたしが間違っているのでしょうか」と疑問を呈されました。
ある「うつ病」と診断された男性は、自分がとても罪深い人間だということをこれまで切々と訴えてきたのですが、その彼がある時、「これって、本当に僕だけに責任があるのだろうか」と訴えたのでした。
他にも多数の例を挙げることはできるのですが、取り敢えずはこれくらいにしておきましょう。肝心な点は、これらの言葉が表している意味であります。これまでその人の中に当たり前のこと、当然のこと(つまり、親和性を有している)として存在していた事柄が、何か異質なものに見え始めているのです。上記のクライアントたちの言葉はみなそのことを表しているのです。
(139―2)なぜ、そのようなことが起きるのか
クライアントに限らず、人間にはこういう現象が時に生じるものなのです。カウンセリングの場面に特有の現象ではないと私は思います。
私たちが成長していく時、変化していく時には必ずこのような現象が生じているものなのです。特別な現象ではないのです。ただ、あまりそのことを意識しないまま通過してしまっていることも多いので、しばしば見過ごされてしまうのだと思います。
でも、なぜ、カウンセリングの場面でこの現象が顕著に起きるのか、私の見解を述べます。クライアントは面接を重ねて、自分自身や自分の抱えているものに目を向けていくわけです。そういう作業を重ねていく中で、クライアントが自分自身を見る見方、その人の心が「問題」を捉える捉え方などに変化が生じてきているからです。その人が自分自身や外側の事柄に対して行う視点やアプローチに変化が生まれてきているからです。
そして、自分にとってそうするのが当たり前だと思えていた事柄が、それが自分でも信じているほど当たり前のことではないのではないかという疑問が生まれるのですが、それは後に述べるように、クライアントにとって苦しい体験となる場合もあり、カウンセリングにおいては一つの山場となるとはいえ、今後のクライアントの変化の基礎となっていくのです。
(139―3)人はそれぞれ固有の「ルール」を持つ
「自我親和性」とここで表記していることは、ある観念、思考、反応などが、当人の自我にとって親和性を有しているという意味です。当人の自我がそれに馴染んでいると言ってもいいでしょう。そして、そのことは見方を変えると、その人の有する「ルール」のようなものでもあるのです。
人にはそれぞれ、自分自身を見る見方、他者との接し方、世界の見え方、物事に対しての反応の仕方、思考様式、物の見え方、感情生起の有り方など、その人固有のルールがあると私は捉えています。
クライアントと会うことの困難の一つは、その人独自のルールを理解するということです。私の目の前の人にとって、自分や他者がどのように体験されているか、世界がどのように見えているか、それをお互いに確認し、理解しなければならないのです。そこには法則なんてものはなく、一人一人が独自のルールを獲得していて、私は一からそれを学んでいかなければならないのです。
それでは人はなぜそういうルールを獲得していくのかという問いが生じてきます。この問いをあまり深く掘り下げると収拾がつかなくなるかと思いますので、あくまでも簡潔に述べて済ますことにします。
何がその人のルールとなっていくかということは、一概には言えないものです。その人が自らそれを選んだ場合もあるでしょうし、そうせざるを得なかったという場合もあるでしょう。単に、それを獲得する環境が整っていたという場合もあるでしょう。
でも、人がそういうルールを獲得するのは、それが適応に役立っていたからだということは共通して言えるのではないかと思います。生きていくために、人はそういうルールを知らず知らずのうちに獲得し、それに馴染んでしまって、それを自分のものにしていくのだと思います。時に、それが後から形成されたものであること、獲得して身に着けたものであるということさえ忘れられてしまうこともあるのです。
(139―4)プロセスはすでに始まっている
個人の自我にとって親和性を有している事柄が異質化していくという表現には、すでにプロセスが含まれていることが分かります。この過程という観点を常に念頭に置いていただければ幸いに思います。
以下、実際の事例に基づいて論を進めていくことにします。事例に関しては、他の項の事例同様、個人が特定できないようにいくつかのアレンジがなされているものであるということを最初に明言しておきます。
クライアントは20代の男性でした。非常に怒りっぽい性格を何とかしたいというのが、カウンセリングを受けることになった主訴でした。
彼の怒りっぽさというのは、こういうものです。彼が怒りを感じたら、それがどのような状況であれ、その怒りを表出しても良いというものでした。これは彼のルールとして定着していたものであります。
彼はそれに対して反省する気もありませんでした。これもまたルールなのです。そして、怒りを発散させても尚、怒らせる周囲が悪いからだと捉えているのでした。そして、この観念もまた彼のルールなのです。
彼は上記のようなことを子供の頃から繰り返してきたのでした。当然、人間関係において多くのトラブルを巻き起こしていたのでした。
彼は自分の意志でカウンセリングを受けに来たのではなかったのです。交際している女性から、そんなに怒りっぽいのはおかしいと言われ、カウンセリングを受けてみてはどうかと彼女から勧められていたのでした。
彼女からそう勧められて、すぐにカウンセリングを受けに来たわけではないようでした。彼によると、「なんで俺がそんなもの受けなあかんねん」と言って、彼女の要望を無視してきた期間が一年くらいあるそうです。私は彼のこの一年間にとても興味を覚えるのです。
カウンセリングを拒否してきた人が、一年後には現実にカウンセリングを受けに来ているのです。彼の話では、カウンセリングを受けないと別れると彼女から言われたからだということでした。でも、本当に理由はそれだけなのだろうかと私は思うのです。
ここで、クライアントの変容のプロセスは、カウンセリングを受ける前から始まっているということを述べておきたいと思います。
クライアントが自分のルールに従って生きていくことができているなら、恐らく、その人は何も不都合なものを体験していないはずなのです。でも、多くのクライアントは自分の生活に不都合を体験しており、望ましくない感じや行き詰った感じを抱えて受けに来られるのです。これは、言わば、その人のルールがもはや今の現実に適合していないということです。クライアントはそれを多少なりとも実感しているものです。
カウンセリングを受けに来た人の多くは、自我親和的だったルールに疑問を覚えているのです。ただ、そのことに気づいていなかったり、見えていなかったりしている場合の方が多いのです。カウンセリングの作業の中で、それが改めて見えてきたり、あるいは、そのプロセスがより発展して、そのために当人の意識に上がりやすくなったということが生じているのです。
つまり、カウンセリングにおいて初めてそれ(自我異質化)がなされるのではなく、カウンセリングを始める以前からそれが始まっているということなのです。そして、そのことがその人にカウンセリングを受ける動機として働くということなのです。
さて、本項のテーマである「自我親和性から自我異質性へ」ということは、とても重要なことであり、私はどうしてもクライアントやこれからカウンセリングを受けようと思う人に理解して欲しいと願うのです。できるだけ丁寧に述べないと、いくつもの誤解を生みそうにも思います。また、それだけ内容の深いテーマでもあると私は捉えています。
従って、あまり長文になり過ぎないように、細かく項と節を分けていくつもりでいます。本項はここまでにして、以下に本項で述べたことの要点を提示しておきますので、理解の助けにしていただければと思います。
(139―5)本項の要点
自我親和性から自我異質性とは、その人が馴染んできた自分のルールに疑問を覚え、それを異質なものとして体験し始めるということです。
そのルールはその人が生きていく中で身に着けたものであり、先天的に備わったものではないのです。そのルールは、その人がこれまで生きていくことを助けてきたものなのです。
「問題」や人生の行き詰まり感、生活の不都合などは、このルールがもはや通用しなくなっていることの表れと見ることができます。従って、ルールの自我異質化はカウンセリングを受けに来る以前にクライアントに生じている場合が多いのです。
カウンセリングの作業を通して、この異質化は促進されたり、当人に意識化されたりします。これはクライアントには苦しい体験となることもありますが、その後のクライアントの変化の基礎となるものです。
(文責:寺戸順司-高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)