<テーマ80> 「抑うつ前駆(代理)症状」

 

 本項より、「抑うつ前駆(代理)症状」に関して述べていくことにします。この概念を私はI・B・ウェイナーの『青年期の精神障害(下)』(星和書店)を下敷きにして見ていくつもりでおります。ウェイナーの本では「抑うつ代理症状」と記されておりますが、私は後に述べる理由により、これを「抑うつ前駆症状」と呼ぶことにしております。その点を予め指摘しておきます。

 

 ウェイナーが挙げている「抑うつ前駆症状」とは、次の五つの傾向であります。

(イ)退屈と落ち着きのなさ

(ロ)疲労と身体的愁訴へのとらわれ

(ハ)集中困難

(ニ)行動化

(ト)他人への接近と逃避

 この五つのそれぞれについては順次述べていく予定でおります。ここでは、ウェイナーの著書に基づきながら、まず、「抑うつ代理症状」について概観しておきます。

 

 ウェイナーの同書は40年以上も前に書かれたものでありますので、若干ですが、現在の考え方と相違する箇所があります。「青年期にうつ病は稀である」というのはその一つであります。現在では青年でも児童であっても「うつ病」と診断される例が多々見られます。しかし、一昔前は青年や児童において「うつ病」は見られない(少なくとも成人のような「うつ病」は見られない)と考えられていたのでした。

ウェイナーによれば、青年には成人のような「うつ病」は稀でありますが、その代りに、「抑うつ代理症状」を現すということなのであります。そしてこの青年の「抑うつ代理症状」は、成人における「うつ病」と等価なものであるということであります。

 なぜ、青年期の「うつ」と成人の「うつ」では様相が異なるのかということですが、青年期はその特有の傾向・発達過程・環境などのために、青年は成人のような「うつ症状」を現わさないのだということであります。

 「抑うつ代理症状」は青年期前期(10代の前半頃)に見られるものであります。それが青年期後期(10代後半から20代の初めくらい)に至ると、症状は「抑うつ代理症状」よりも、もっと成人の「うつ病」に似通ってくるということなのであります。成人の「うつ病」への前段階とも捉えることができるので、私は「抑うつ代理症状」を「抑うつ前駆症状」と呼ぶことにしているのであります。実際、成人の「うつ病」であっても、その「抑うつ期」に突入する以前に、ウェイナーが示しているような「抑うつ代理症状」を示す人もよく見かけます。従って、私はウェイナーの挙げる「抑うつ代理症状」を青年期だけに限定しないようにしているのであります。

 以前にも述べたことですが、「うつ病」に対して国が対策を立てようとております。それはそれで望ましいことではありますが、私から見ると、この対策は的が外れているのであります。同じように、臨床家や「うつ」を経験している人が予防や対策と称して述べていることも、いささか焦点が外れているように私は感じているのであります。「うつ病」に対しての対策とは、何よりもこの「抑うつ前駆症状」に対しての対策でなければならないと私は考えているのであります。ところが、私の受ける印象では、多くの場合において、「抑うつ前駆症状」は度外視されているか、非常に軽く触れられているかのどちらかなのであります。私の個人的考えでは、「うつ病」について理解を深めることよりも、「抑うつ前駆症状」について理解を深めることの方が、予防という観点に立つならば、はるかに重要なことなのであります。

 

 私は以前に「うつ病」と「うつ状態」「うつ症状」とを分けて考える必要があると述べたかと思いますが、この「抑うつ前駆症状」に関しましては、一旦、その区別を取り外すことにします。それは話を簡潔化するためであり、また、「抑うつ前駆症状」に関しては、「うつ病」と診断された人にも、「うつ状態」にある人にも、「うつ症状」を抱えている人にも、みな等しく観察されるように思うからであります。

 また、ウェイナーの本を下敷きにして述べていことするのですが、この本自体が青年期に関して書かれているものでありますので、そこで「青年」と「成人」というように言葉を使い分けていかなければならなくなるかと思います。ここではこれらの言葉はその人の年齢を表すだけのものであります。もしくはその発達の地点の違いを表すものであります。便宜上、「青年」と「成人」という言葉を用いざるを得なくなるかとは思いますが、私の述べる事柄、この後考えていこうとする事柄に関しては、基本的には「青年」や「成人」といった区別はないものと捉えていただきたいのであります。

 また、「抑うつ代理症状」ないしは「抑うつ前駆症状」といった言葉で表されているものは、「うつ病の初期症状」のことであると思われる方もいらっしゃるかと思います。確かにそれは正しい理解だと私は思います。ただ、「初期症状」という表現を私がしないのは、この「初期症状」は後の「本症状」とはあまりに違った形を取ることが多いためであります。つまり「初期症状」とその後の「本症状」とが、一見すると同じ連続線上のものに見えないということなのであります。そのため「初期症状」と表記するよりは、「前駆症状」と表記する方が、より正確であると私は考えているのであります。

 

(文責:寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー

 

 

PAGE TOP