<テーマ42> 離婚(1):Aさんの事例:カウンセリングを受けるまで
(42―1)はじめに
(42-2)Aさんがカウンセリングを受けるまでの経緯
(42-3)変化を過小評価してしまうこと
(42―4)「病」の背景にある夫婦関係の「問題」
(42―1)はじめに
本項より、離婚経験者Aさんの事例を記述していきます。
これは前項で述べたように、かつて「マイベストプロ大阪」に掲載していたものです。そこでは、私は離婚のケースを取り上げると同時にカウンセリングについても読者に理解してもらえることを目論んでいました。そのために、随所で離婚問題から離れて、カウンセリングで問題になる事柄やその他の事柄、さらにカウンセリングのプロセスについても述べていますので、それらに関する<テーマ>と重複することもあります。その点はご了承ください。
(42―2)Aさんがカウンセリングを受けるまでの経緯
カウンセリングを受けに来た一人の男性がいました。仮に、ここではAさんとしておきます。
Aさんは結婚しており、その夫婦生活はそれまでとても良好でした。
結婚したての頃、Aさんは胸を躍らせる思いで妻の待つ家に帰っていたのでした。その生活はとても充実しており、仕事もやりがいをもってこなしていました。Aさんにとって、その結婚生活におけるもっとも幸せな時代でした。
結婚生活も数年経つと、何かが変わってきたことに彼は気づき始めました。彼には日に日に妻のことが煩わしく感じられてきたのでした。妻の言動が時々神経に触るようになっていたのです。
彼は、その頃は、これはちょっとした倦怠期だろうくらいにしか受け止めていませんでした。そして、時間が経てばまた以前のような関係、以前のような生活に戻れるだろうと純粋に彼は考えていました。
こうした考え方をされる夫婦もよく見かけます。つまり、何か少し上手く行っていないという感じが夫婦関係において感じられるのだけれど、そのうち良くなるだろうと思い込んで放置してしまうのです。私の考えでは、これは関係とか相手に対しての、そして究極的には自分自身に対しての過小評価ではないかと思うのです。
それが過小評価であるというのは、自分自身や相手に関すること、相手との関係、相手との生活上の何かに対して、「そのうちに何とかなる」と信じることは、それは「大したことではない」とか「取るに足らない問題だ」と根底では理解しているからであると思われるからです。もちろん、過大評価しすぎてもいけないのですが、些細なことであれ、真剣に取り上げてみるということは、自分たちを大切にする上では欠かせないことであると私は考えています。このことは次節で再度取り上げます。
そして、案の定、彼の期待とは裏腹に、状態はますますひどくなっていきました。
かつては胸躍らせて妻の待つ家に帰っていた彼が、今では、家に帰るのを何とかして遅らせるようになったのでした。特に急ぎの仕事でもないのに残業をしたり、用もなくだらだらと会社に残ることもありました。会社帰りに寄り道することも増えました。これはかつての彼からは考えられないことでした。
それでもAさんは家に帰らなくてはなりません。家に帰っても、妻との会話は減っていき、些細なことでケンカになり、彼にとって妻の言動はますます耐えがたいものに感じられてきたのでした。
こうして彼は、家庭では憂うつな気分に襲われ、生活からは活気が失せ、火が消えたように消沈した日々を送るようになったのでした。気分は落ち込み、食欲も減退し、睡眠も十分に取れなくなっていきました。会社では、仕事に集中できず、小さなミスを繰り返すようになり、成績も下がってきました。
以前よりも状態が悪化している。彼はそう実感しました。もはや時間が経てば回復するだろうという楽観的な期待をすることはできませんでした。楽観視できないほど、心身の不調を彼は体験していたのでした。
そこで彼はすがるような思いで精神科を受診しました。その時の診断は「軽いうつ病」ということで、抗うつ薬を処方されました。
しばらく服用を続けていて、薬は彼によく効いたようでした。彼は集中力が回復し、食欲や睡眠を取り戻していったのでした。
しかし、その一方で、彼は妻に対してはますます耐えられないほどの怒りの感情を覚えるようになったのです。今では、妻の一挙手一投足がすべて彼の神経に障り、妻のことに関してはいつもイライラしていました。妻に関する些細な事柄が、彼を落ち着かなくさせるのでした。
この頃、会社の女性とお喋りをすることが増え、それは彼にとっては久しぶりに女性との会話を楽しんだ経験となったようでした。こういうことは結婚当初の彼からは想像もつかないことでした。結婚した頃は、他の女性と会話することは、妻に対して罪悪感のようなものを感じていたと彼は述べました。それが、今では、他の女性と話すことは楽しみであり、新鮮な体験ですらあったのでした。
一方、家庭の方ではますます夫婦間の口論が激しくなり、夫婦の関係は完全に冷えきっていました。そこにはお互いに対する愛情も思いやりもないということが、お互いに分かっていたようでした。それでも夫婦関係を維持しなければいけないと思い込んでいたのは、子供のためでした。彼は言いました。もし子供がいなければもっと早く離婚していただろうと。
彼がカウンセリングを受けに来た時は、さらに状況は悪化していて、家庭は崩壊寸前というところまで来ていました。「同じ男性だからわかってくれるだろう」と思って、私に会いに来たと、彼は述べました。ちなみに、この時点では、彼はまだ離婚はしていませんでした。
(42―3)変化を過小評価してしまうこと
ここまでAさんがカウンセリングを受けに来るまでの経過を見てきました。これは彼がカウンセリングの中で語ったことを私が時間順に再構成したものです。上記のようないきさつは数回に渡って語られてきたものでした。もちろん、その間には他に多くのエピソードが語られているのですが、必要な話のみを取り上げています。
さて、事例を先に進める前に、ここまでの所で重要と思うポイントを述べていくことにします。
まず、結婚して数年目に、彼は夫婦生活に変化が見られたことに気づいていました。彼はそれを倦怠期に入ったのだろうと考えました。
先述のように、彼は自分が体験している変化を過小評価していたと言えるのです。本当はこの時期にカウンセリングを受けるなり、何らかの対処をすることができれば良かったのですが、彼はそれを大したことはないとみなして、そのままにしてしまったのであります。
その後は、状況はますます悪化していきました。このことはAさんだけに該当するわけではありません。カウンセリングを受けに来た人の話を聞いていますと、自分の状況に対してAさんがしたような過小評価をしてしまって、どうにもならない状況に追い込まれて初めて援助を求めるという例が本当に多いのです。自分の後退や生活に変化が見られたにも関わらず、それを大したことはないとみなしたり、そのうち良くなるというように考えたり、時にはそうした変化に気づかなかったり、見過ごしてしまったりする人もあります。これらはみな自分自身の変化や状況を過小評価していることになるのです。
彼にもそういうことが起きていました。早い段階で援助を求めていれば、事態はもっと違った展開になっていたことでしょう。
付け加えておきますと、援助を求めていい時期に援助が見送られてしまう時というのは、確かに状況に対するそうした過小評価が生じていることも少なくないことだと思います。一方で、援助に対する何らかの抵抗感がそれを遅らせてもいるのです。
(42―4)「病」の背後にある夫婦関係の「問題」
妻の言動が神経に触り始めて、その状態がひどくなっていきました。そこで、彼はまず、心身の状態が不調であるということを訴えて、お医者さんにかかったのです。
お医者さんは彼を診察して「軽いうつ病」と診断しました。この診断は間違ってはいないのですが、私は個人的な見解として「うつ病」と「うつ状態」ということの区別をもう少しつける方がいいのではいかと考えています。Aさんの場合は、「うつ病」として診断するより、「うつ状態」と診断する方が適切であると思います。
医者から処方された薬はAさんにとてもよく効きました。彼は以前のような集中力が回復し、生活習慣を取り戻したのでした。
しかし、困ったことに、妻に対する怒りの感情や不平不満が噴き出すようになったのです。このエピソードから、こうした感情を彼は努めて表に出さないようにされていたのだと分かるのです。
感情を表に表さないということは、彼に莫大なエネルギーを消費させていたと思われます。これが彼に「抑うつ」感をもたらし、ひいては集中力や気力を奪っていたのでしょう。そして、皮肉なことに、処方された薬がとてもよく効いたがために、「うつ状態」に陥ってまで抑えていた感情と彼は向き合わされることになったのです。
ここで重要な点は、Aさんはお医者さんから診断名を貰ったことで、彼の問題が「うつ病」として分類されてしまう可能性が高くなるということです。その「問題」や「病」の背景に夫婦の問題が潜んでいるということが案外多いのですが、表に現れた問題に診断名を付されると、背景にあるものが見過ごされる可能性が出てくるのです。
実際、ほとんどのケースにおいて、クライアントがカウンセリングを受けにくることになった直接の問題の陰には夫婦の問題や家族の問題が潜んでいるものです。しかし、病院に行くと、それは「うつ病」とか「人格障害」や「摂食障害」などといった問題としてみなされることになりかねないのです。そして、そういう例を私は時々体験するのです。
Aさんは確かに「うつ状態」に陥っていました。彼に抗うつ薬を処方するのは適切だったと思います。しかし、彼が何とかしたいと思っていた問題は、自身の「うつ状態」にあるのではなかったのです。
その点はAさん自身が自覚されていました。彼は精神科医には夫婦間のことを十分に伝えることができなかったようです。彼からすると、精神科医はまずこの「うつ状態」に手当てをするということを第一義的に捉えていたように映ったそうです。
この医師の処方が正しいとか間違っているとかを論じるつもりは私にはありません。押さえておきたいことは、Aさんの場合、「うつ状態」という症状よりも、夫婦間の関係の方が根が深いということです。なぜなら、夫婦間の問題が先に生じて「うつ状態」が見られているということと、Aさんの「うつ状態」が改善されていっても尚、夫婦間の関係は相変わらずの状態で留まっているからです。
もしAさんの「治療」が「うつ病」という観点に縛られたまま、「うつ病治療」に限定されていたとすれば、今後のカウンセリングでみられるような展開は望めなかったかもしれません。
(文責:寺戸順司-高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)